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ドストエフスキーの傑作にして、世界文学の頂点の一つ、罪と罰。
慣れないロシア人名に加えて、登場人物の多さ、名称の多さ(ピョートル・ペトローヴィチと呼んだかと思えばルージンと呼んだり、イワーノヴナが重複したり)が本書を読み進む上で、大きな壁となってしまっています。読書の難解さの解消のために。家族、グループごとに表の色分けを行っています。また、この作品を読む上で聖書の知識、特に「罪深い女を赦す」と「ラザロの復活」についての知識が必要となります。是非、読んでいただきたく思います。
「罪と罰」の舞台:サンクトペテルブルク( Wikipedia | googleMap )
罪と罰の概要
鋭敏な頭脳をもつ貧しい大学生ラスコーリニコフは、一つの微細な罪悪は百の善行に償われるという理論のもとに、強欲非道な高利貸の老婆を殺害し、その財産を有効に転用しようと企てるが、偶然その場に来合せたその妹まで殺してしまう。この予期しなかった第二の殺人が、ラスコーリニコフの心に重くのしかかり、彼は罪の意識におびえるみじめな自分を発見しなければならなかった。 – 新潮文庫
その年の夏は暑かった.大学を除籍になり,ぎりぎりの貧乏暮らしの青年に,郷里の母と妹の期待と犠牲が重くのしかかる.この悲惨な境遇から脱出しようと,彼はある「計画」を決行するが…閉塞した社会状況のなかでくすぶる人間性回復への強烈な願望を描いて世界文学史にドストエフスキーの名を刻みつけた不朽の作品.- 岩波文庫
登場人物 人名対照表
本名 | 愛称 | |
---|---|---|
ロジオン・ロマーヌイチ・ラスコーリニコフ | ロージャ | 主人公 |
アヴドーチヤ・ロマーノヴナ・ラスコーリニコワ | ドゥーネチカ、ドゥーニャ | ロージャの妹 |
プリヘーリヤ・アレクサンドロブナ・ラスコーリニコワ |
ロージャの母 |
|
プラスコーヴィヤ・パーヴロヴナ・ザルニーツィナ | パーシェンカ | ロージャの大家 |
ナスターシヤ・ペトローヴナ | ナスチェンカ | パーシェンカの女中 |
ピョートル・ペトローヴィチ・ルージン | ドーニャの婚約者 | |
アンドレイ・セミョーノヴィチ・レベジャートニコフ | ルージンの大家で役人 | |
ドミートリイ・プロコーフィチ・ウラズミーヒン | ラズミーヒン | ロージャの友人 |
ゾシーモフ | ラズミーヒンの友人で医者 | |
セミョーン・ザハールイチ・マルメラードフ | ソーニャの父 | |
カテリーナ・イワーノヴナ・マルメラードワ | マルメラードフの妻 | |
ソフィヤ・セミョーノヴナ・マルメラードワ | ソーニャ、ソーネチカ | マルメラードフの娘 |
ポーリナ・ミハイローヴナ・マルメラードワ | ポーリャ、ポーレンカ | マルメラードフの娘 |
アマリヤ・フョードロヴナ・リッペヴェフゼル | イワーノヴナ、リュドヴィーゴヴナ | マルメラードフの大家 |
アリョーナ・イワーノヴナ | 高利貸しの老婆 | |
リザヴェータ・イワーノヴナ | イワーノヴナの妹 | |
ニコージム・フォミーチ | 警察署署長 | |
イリヤ・ペトローヴィチ | 火薬中尉 | 警察署副署長 |
アレクサンドル・グリゴリーウィチ・ザミョートフ | 警察署事務官 | |
ポルフィーリー・ペトローヴィチ | 予審判事 | |
ニコライ |
ミコールカ、ミコライ | ペンキ職人 |
アルカージイ・イワーノヴィチ・スヴィドリガイロフ | ドゥーニャを雇っていた家の主人 |
ロシア人の名前について
名前+親(〇〇の子の意味)+姓が基本形となり、姓については男性と女性で異なります。ただ、全く異なるわけではなく、末尾が異なることとなります。一般的には、「○○u」が男性、「○○a」が女性、○○ンと○○iナ(トルストイのアンナ・カレーニナ(カレーニンが変化)など)、○○スキーと○○スカヤ(女子アイススケート選手の○○スカヤの父親は○○スキーとわかります)など)の3パターンです。ロジオン・ロマーヌイチ・ラスコーリニコフであれば、ロジオン・ロマンの子・ラスコーリニコフ(男性)となります。女性の場合、ミドルネームは女性用のロマーヴナなどの「○○a」などとなります。名前+ミドルネームの呼び方は○○さん、という呼び方のニュアンスに近くなります。
こち亀で有名なシーンは?
中川「ラスコーリニコフが殺人へと向かう決定的な契機となった 横町で古着商人と老婆の妹との会話を 偶然耳にするシーンと答えてください。」
このシーンは新潮文庫の平成22年6月の59刷改版以降であればP130~P131です。ちなみに、こち亀内では600ページと言っていますが、1000ページ以上です・・。私はどちらかというと殺害後の緊迫感が印象深かったです。
第1部5章(6章直前)です。
著作権の切れた米川正夫訳では以下の文章となります。
「ねえ、あんた、リザヴェータ・イヴァーノヴナ、ご自分の考えで決めた方がよろしゅうございますよ」と町人は大声で言った。「明日七時にいらっしゃいよ、あの衆もやって来るから」
「明日?」リザヴェータはまだ腹がきまらない様子で、ことば尻をひきながら、もの思わしげに答えた。
「まあ、あんたはアリョーナ・イヴァーノヴナに、すっかり脅しつけられてしまったもんですねえ!」と元気な町人の女房が早口にしゃべり出した。「あんたをつくづく見ていると、まるでちっちゃな赤ちゃんみたいですよ。あの人はあんたにとって親身じゃなくて、義理の姉さんというだけじゃありませんか? それだのにまあ、すっかりあんたを自由にしてしまってさ」
「ねえ、あんた、今度の事はアリョーナ・イヴァーノヴナに、いっさい言わない方がよろしゅうがすよ」と亭主がさえぎった。
「わっしがおすすめしますがね、家へは断わらないでおいでなさい。何しろうまい口なんだからね。姉さんだってあとになりゃわかってくれまさあ」
「じゃ行くとしようかね?」
「七時ですぜ、明日ね、あっちからもやって来ますよ。一つ自分で腹をおきめなさい」
「サモワールでも出しましょうよ」と女房は口を添えた。
「ええ、じゃ行きますわ」やはりまだ考え込みながら、リザヴェータはこう答えた。
そして、のろのろとその場を動き出した。
そのとき、ラスコーリニコフはもう店を通り越していたので、その先はよく聞こえなかった。彼は一語も聞き漏らすまいと努めながら、そっと目だたぬように通り過ぎた。彼の最初の驚愕はしだいしだいに、恐怖の念と変わっていった。彼はさながら背筋に冷水を浴びせられたような気がした。彼は偶然、全く思いがけなく知った――明日の晩きっかり七時に、老婆の唯一の同棲者たる妹リザヴェータが家にいない、したがって、老婆は晩の正七時には必ず一人きり家に残るということを、思いもよらず聞き込んだのである。
彼の下宿まではわずかに数歩を余すのみだった。彼は死刑を宣告された者のように自分の部屋へはいった。何一つ考えなかったし、また考えることもできなかった。ただ突然、自己の全存在をもって、自分にはもう理知の自由も意志もない、すべてがふいに最後の決定を見たのだ、という事を直感した。
もちろん、かりにもし彼がこの計画をいだいて、幾年も好機を待っていたにもせよ、いまたまたま与えられたような、これ以上に確実な、明瞭疑いなき計画成就の第一歩を期待することは、とうていできなかったに相違ない。いずれにしても、明日これこれの時刻に、陰謀の寝刃を向けられている当の老婆が、全く一人ぼっちでいるという事を、すぐその前日この上なく確実に、いっさい危険な質問や探索なしに突き止めるのは、およそ困難なことに相違ない。
読む手引き
罪と罰は最初、酒場で絡み酒に付き合わされるようなシーンが続きます。そこで嫌になってしまう人も多い作品です。そこを乗り切って(最初の酒場のシーンだけは流し読みでも特に問題はない)、人命対照表を見ながら(対照表なしでは内容が頭に入ってこない)読み進めてゆけば一気に読みやすくなり、そして、物語の熱量に圧倒されます。カラマーゾフと並び、世界の頂点に立つ小説です。
印刷用人物対照表
PDF版人物対照表
A4でそのまま印刷して不要な部分を切り取れば文庫本サイズになります
各翻訳書
特にこだわりがなければ、新潮文庫の工藤精一郎版が良いと思います。
青空文庫
ロシア語による原文
ロシア語の原文になります。google翻訳などで読むこともできます。下記にリンクを掲載しておりますがロシア語のため文字化けして表示されていることがあります。
聖書の福音書より
罪深い女を赦す
あるパリサイ人がイエスに、食事を共にしたいと申し出たので、そのパリサイ人の家にはいって食卓に着かれた。 7:37するとそのとき、その町で罪の女であったものが、パリサイ人の家で食卓に着いておられることを聞いて、香油が入れてある石膏のつぼを持ってきて、 7:38泣きながら、イエスのうしろでその足もとに寄り、まず涙でイエスの足をぬらし、自分の髪の毛でぬぐい、そして、その足に接吻して、香油を塗った。 7:39イエスを招いたパリサイ人がそれを見て、心の中で言った、「もしこの人が預言者であるなら、自分にさわっている女がだれだか、どんな女かわかるはずだ。それは罪の女なのだから」。 7:40そこでイエスは彼にむかって言われた、「シモン、あなたに言うことがある」。彼は「先生、おっしゃってください」と言った。 7:41イエスが言われた、「ある金貸しに金をかりた人がふたりいたが、ひとりは五百デナリ、もうひとりは五十デナリを借りていた。 7:42ところが、返すことができなかったので、彼はふたり共ゆるしてやった。このふたりのうちで、どちらが彼を多く愛するだろうか」。 7:43シモンが答えて言った、「多くゆるしてもらったほうだと思います」。イエスが言われた、「あなたの判断は正しい」。 7:44それから女の方に振り向いて、シモンに言われた、「この女を見ないか。わたしがあなたの家にはいってきた時に、あなたは足を洗う水をくれなかった。ところが、この女は涙でわたしの足をぬらし、髪の毛でふいてくれた。 7:45あなたはわたしに接吻をしてくれなかったが、彼女はわたしが家にはいった時から、わたしの足に接吻をしてやまなかった。 7:46あなたはわたしの頭に油を塗ってくれなかったが、彼女はわたしの足に香油を塗ってくれた。 7:47それであなたに言うが、この女は多く愛したから、その多くの罪はゆるされているのである。少しだけゆるされた者は、少しだけしか愛さない」。 7:48そして女に、「あなたの罪はゆるされた」と言われた。 7:49すると同席の者たちが心の中で言いはじめた、「罪をゆるすことさえするこの人は、いったい、何者だろう」。 7:50しかし、イエスは女にむかって言われた、「あなたの信仰があなたを救ったのです。安心して行きなさい」。- 口語訳新約聖書(1954年版) ルカの福音書より
本作におけるソーニャは、まさに、この「涙でイエスの足をぬらした女」であるように思います。「少しだけゆるされたものは、少しだけしか愛さない」とは、罪の深いもの(悲しみを多くしるもの)ほど、多くを愛するということではないでしょうか。だからこそ、ソーニャだけが、ラスコーリニコフを救うことができるのです。
ラザロの復活
第4部-4においてソーニャによるラザロの復活の朗読がある。贖罪と復活を意味するといわれる。
11:1さて、ひとりの病人がいた。ラザロといい、マリヤとその姉妹マルタの村ベタニヤの人であった。 11:2このマリヤは主に香油をぬり、自分の髪の毛で、主の足をふいた女であって、病気であったのは、彼女の兄弟ラザロであった。 11:3姉妹たちは人をイエスのもとにつかわして、「主よ、ただ今、あなたが愛しておられる者が病気をしています」と言わせた。 11:4イエスはそれを聞いて言われた、「この病気は死ぬほどのものではない。それは神の栄光のため、また、神の子がそれによって栄光を受けるためのものである」。11:5イエスは、マルタとその姉妹とラザロとを愛しておられた。 11:6ラザロが病気であることを聞いてから、なおふつか、そのおられた所に滞在された。 11:7それから弟子たちに、「もう一度ユダヤに行こう」と言われた。 11:8弟子たちは言った、「先生、ユダヤ人らが、さきほどもあなたを石で殺そうとしていましたのに、またそこに行かれるのですか」。 11:9イエスは答えられた、「一日には十二時間あるではないか。昼間あるけば、人はつまずくことはない。この世の光を見ているからである。 11:10しかし、夜あるけば、つまずく。その人のうちに、光がないからである」。 11:11そう言われたが、それからまた、彼らに言われた、「わたしたちの友ラザロが眠っている。わたしは彼を起しに行く」。 11:12すると弟子たちは言った、「主よ、眠っているのでしたら、助かるでしょう」。 11:13イエスはラザロが死んだことを言われたのであるが、弟子たちは、眠って休んでいることをさして言われたのだと思った。 11:14するとイエスは、あからさまに彼らに言われた、「ラザロは死んだのだ。 11:15そして、わたしがそこにいあわせなかったことを、あなたがたのために喜ぶ。それは、あなたがたが信じるようになるためである。では、彼のところに行こう」。 11:16するとデドモと呼ばれているトマスが、仲間の弟子たちに言った、「わたしたちも行って、先生と一緒に死のうではないか」。11:17さて、イエスが行ってごらんになると、ラザロはすでに四日間も墓の中に置かれていた。 11:18ベタニヤはエルサレムに近く、二十五丁ばかり離れたところにあった。 11:19大ぜいのユダヤ人が、その兄弟のことで、マルタとマリヤとを慰めようとしてきていた。 11:20マルタはイエスがこられたと聞いて、出迎えに行ったが、マリヤは家ですわっていた。 11:21マルタはイエスに言った、「主よ、もしあなたがここにいて下さったなら、わたしの兄弟は死ななかったでしょう。 11:22しかし、あなたがどんなことをお願いになっても、神はかなえて下さることを、わたしは今でも存じています」。 11:23イエスはマルタに言われた、「あなたの兄弟はよみがえるであろう」。 11:24マルタは言った、「終りの日のよみがえりの時よみがえることは、存じています」。 11:25イエスは彼女に言われた、「わたしはよみがえりであり、命である。わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる。 11:26また、生きていて、わたしを信じる者は、いつまでも死なない。あなたはこれを信じるか」。 11:27マルタはイエスに言った、「主よ、信じます。あなたがこの世にきたるべきキリスト、神の御子であると信じております」。 11:28マルタはこう言ってから、帰って姉妹のマリヤを呼び、「先生がおいでになって、あなたを呼んでおられます」と小声で言った。 11:29これを聞いたマリヤはすぐ立ち上がって、イエスのもとに行った。 11:30イエスはまだ村に、はいってこられず、マルタがお迎えしたその場所におられた。 11:31マリヤと一緒に家にいて彼女を慰めていたユダヤ人たちは、マリヤが急いで立ち上がって出て行くのを見て、彼女は墓に泣きに行くのであろうと思い、そのあとからついて行った。 11:32マリヤは、イエスのおられる所に行ってお目にかかり、その足もとにひれ伏して言った、「主よ、もしあなたがここにいて下さったなら、わたしの兄弟は死ななかったでしょう」。 11:33イエスは、彼女が泣き、また、彼女と一緒にきたユダヤ人たちも泣いているのをごらんになり、激しく感動し、また心を騒がせ、そして言われた、 11:34「彼をどこに置いたのか」。彼らはイエスに言った、「主よ、きて、ごらん下さい」。 11:35イエスは涙を流された。 11:36するとユダヤ人たちは言った、「ああ、なんと彼を愛しておられたことか」。 11:37しかし、彼らのある人たちは言った、「あの盲人の目をあけたこの人でも、ラザロを死なせないようには、できなかったのか」。 11:38イエスはまた激しく感動して、墓にはいられた。それは洞穴であって、そこに石がはめてあった。 11:39イエスは言われた、「石を取りのけなさい」。死んだラザロの姉妹マルタが言った、「主よ、もう臭くなっております。四日もたっていますから」。 11:40イエスは彼女に言われた、「もし信じるなら神の栄光を見るであろうと、あなたに言ったではないか」。 11:41人々は石を取りのけた。すると、イエスは目を天にむけて言われた、「父よ、わたしの願いをお聞き下さったことを感謝します。 11:42あなたがいつでもわたしの願いを聞きいれて下さることを、よく知っています。しかし、こう申しますのは、そばに立っている人々に、あなたがわたしをつかわされたことを、信じさせるためであります」。 11:43こう言いながら、大声で「ラザロよ、出てきなさい」と呼ばわれた。 11:44すると、死人は手足を布でまかれ、顔も顔おおいで包まれたまま、出てきた。イエスは人々に言われた、「彼をほどいてやって、帰らせなさい」。- 口語訳新約聖書(1954年版) ヨハネの福音書より