“Le rouge et le noir, c’est la guerre et la prêtrise.”
「赤と黒、それは戦争と聖職だ。」
赤と黒の作者と作品について
スタンダール(Stendhal, 1783年~1842年)は、フランスの小説家であり、19世紀フランス文学を代表する作家の一人である。本名をマリ=アンリ・ベール(Marie-Henri Beyle)といい、彼のペンネーム「スタンダール」は、彼の敬愛するドイツの都市スタンダールに由来している。スタンダールはナポレオン軍に従軍し、その後イタリアで外交官として活躍した。彼の作品には、彼自身の経験や、当時のフランス社会の動乱と変革が反映されている。代表作には『赤と黒』(Le Rouge et le Noir, 1830年)と『パルムの僧院』(La Chartreuse de Parme, 1839年)があり、特に『赤と黒』は、フランス文学史における最も重要なリアリズム小説の一つとされている。
『赤と黒』(Le Rouge et le Noir)は、1830年に発表されたスタンダールの代表作であり、野心的な若者ジュリアン・ソレルの社会的な上昇と、彼が経験する愛と葛藤を描いた物語である。物語は、19世紀フランスの復古王政時代を背景に、貧しい木こりの息子であるジュリアンが、知識と才能を駆使して社会的な成功を目指す姿を追う。彼はカトリック教会と貴族社会の間で自分の地位を確立しようとするが、その過程で道徳的・感情的な葛藤に苦しむ。タイトルの「赤」は軍隊、「黒」は聖職者を象徴しており、ジュリアンが野心を持って選んだ道を暗示している。彼は、社会的に成功するためにどちらの道を選ぶかに悩み、また彼が関係を持つ二人の女性との愛が、物語の主要なテーマとなる。
発表当時のフランスの状況
『赤と黒』が発表された1830年、フランスは復古王政(1815年~1830年)の時代であり、ナポレオン戦争後に王政が復活した時期であった。この時代、フランスでは急速に社会的な変化が進行しており、貴族と市民階級の間には激しい対立があった。特に、ジュリアン・ソレルのような野心的な青年にとっては、貴族的な特権に挑戦し、成功することが困難であることが描かれている。1830年の7月革命は、復古王政を終わらせ、オルレアン家による7月王政を成立させたが、スタンダールはこの政治的変革と社会の動揺を巧みに物語に反映させている。
おすすめする読者層
『赤と黒』は、心理描写やリアリズムに興味がある読者に特におすすめである。ジュリアン・ソレルの野心や愛、自己葛藤が非常にリアルに描かれており、彼の内面の揺れ動きや社会的な挑戦に共感する読者にとって、非常に魅力的な作品である。また、フランス革命後の社会構造や、貴族と市民階級の対立、宗教と政治の問題に興味がある読者にも、当時の社会状況が色濃く反映された作品として楽しめるだろう。
さらに、スタンダールの鋭い観察眼による人間性の描写や、登場人物たちの深い感情の葛藤に触れたい読者にとっても、必読の文学作品である。
なぜ名作と言われるか
『赤と黒』が名作とされる理由は、その心理描写の深さと、19世紀フランス社会の厳密なリアリズム描写にある。スタンダールは、ジュリアン・ソレルというキャラクターを通じて、野心や欲望、愛、嫉妬、罪悪感といった人間の内面的な葛藤を描き出している。また、彼は復古王政時代のフランス社会の階級間の緊張や、宗教と政治の複雑な関係をリアリスティックに描き、当時の社会状況を鋭く批判している。
さらに、スタンダールの文章は非常に洗練されており、彼の洞察力とユーモアが、読者に深い感銘を与える。ジュリアンの野心的な挑戦とその悲劇的な結末は、フランス文学史上における重要なテーマであり、現代の読者にとっても普遍的なメッセージを伝えている。
登場人物の紹介
- ジュリアン・ソレル: 貧しい製材屋の息子。野心的で知的、社会的成功を目指す青年。
- レナール夫人: ヴェリエール町長の妻。優雅で美しい女性。ジュリアンの家庭教師先の主婦。
- レナール氏: ヴェリエール町長。保守的な性格で、ジュリアンを家庭教師として雇う。
- マチルド・ド・ラ・モール: パリの貴族令嬢。誇り高く、独立心旺盛な性格。
- ラ・モール侯爵: マチルドの父。高貴な地位を持つ貴族で、ジュリアンを秘書として雇う。
- シェラン神父: ヴェリエールの司祭。ジュリアンに神学とラテン語を教える。
- ピラール神父: ブザンソンの神学校校長。ジュリアンの才能を見抜き、支援する。
- フーケ: ジュリアンの友人。材木商人で、実業家として成功している。
- ヴァルノ氏: ヴェリエールの貧民収容所所長。ジュリアンの知人。
- カスタネード神父: ブザンソン神学校の副校長。ジュリアンの教育に関与する。
- コラゾフ: ロシア大使。ジュリアンの外交官としての才能を評価する。
- ノルベール・ド・ラ・モール: マチルドの兄。貴族としての義務を重んじる青年。
- エリザ: レナール家の召使い。ジュリアンに好意を寄せる。
- ド・フリレール: ラ・モール侯爵の友人。ジュリアンの出世を助ける。
- ド・クロワゼノワ: マチルドの友人。社交界での影響力を持つ女性。
- ド・ルーズ: パリの貴族。ジュリアンの野心を刺激する存在。
- ド・ラ・モール夫人: マチルドの母。上品で控えめな性格の貴婦人。
- ド・シャルドンヌ: パリの高位聖職者。ジュリアンの宗教的指導者。
- ド・ラ・ヴェルヌ夫人: マチルドの親戚。ジュリアンに助言を与える。
- ド・ボーヴォワズン: パリの貴族。ジュリアンの社交界での指南役。
3分で読めるあらすじ
作品を理解する難易度
『赤と黒』は、スタンダールの鋭い観察力と豊かな心理描写が特徴であり、19世紀フランス社会における階級間の緊張や、ジュリアン・ソレルの内面的葛藤を描くため、ある程度の読解力が求められる。また、物語の背景にある歴史的・社会的な状況についての知識があると、より深く理解できる作品である。スタンダールの文章は緻密であり、ジュリアンの内面の複雑な心理描写や、政治的・社会的な背景に触れることで、読者は作品の奥深さを楽しむことができるだろう。
後世への影響
『赤と黒』は、フランス文学におけるリアリズムの先駆的な作品であり、後の作家たちに多大な影響を与えた。特に、心理描写の豊かさや、主人公ジュリアン・ソレルの内面的な葛藤は、フローベールやバルザック、プルーストといった作家たちの作品に影響を与えている。また、スタンダールの描く社会的な野心や階級間の対立といったテーマは、現代でも普遍的な問題として受け止められている。
読書にかかる時間
『赤と黒』は長編小説であり、全編を通じて400~500ページに及ぶため、読了するにはある程度の時間がかかる。1日1~2時間の読書時間を確保すれば、2~3週間ほどで読了できるだろう。スタンダールの文章はテンポよく進むため、物語の展開に引き込まれながら、比較的スムーズに読み進めることができる。
読者の感想
- 「ジュリアン・ソレルの野心と内面的な葛藤が生々しく描かれていて、彼の人生に引き込まれた。」
- 「スタンダールの鋭い社会批判と人間描写が素晴らしく、19世紀フランスの社会がリアルに感じられる。」
- 「貴族社会と教会の世界の中で、ジュリアンがどう自分を見つけようとしているのかが印象的だった。」
- 「野心に燃える若者の姿が、現代にも通じるテーマとして共感できる部分が多かった。」
- 「悲劇的な結末に心を揺さぶられた。ジュリアンの挑戦と挫折が見事に描かれている。」
作品についての関連情報
『赤と黒』は、フランス文学史においても重要な位置を占めており、さまざまな映像作品や舞台としても取り上げられてきた。特に、映画やテレビドラマとしての翻案は多く、ジュリアン・ソレルのキャラクターが時代を超えて愛されていることを示している。スタンダールのリアリズム的な手法や心理描写の技法は、現代文学においても高く評価されており、文学研究においても頻繁に取り上げられている。
作者のその他の作品
- 『パルムの僧院』(La Chartreuse de Parme, 1839年): 若い貴族ファブリスの愛と冒険を描いた作品。イタリアの政治と社会の背景の中で展開するロマン主義的な物語。
- 『恋愛論』(De l’amour, 1822年): スタンダールの恋愛に関する哲学的・心理学的な考察をまとめたエッセイ。愛のさまざまな形態や、人間の感情についての洞察が描かれている。
書籍紹介
光文社古典新訳文庫版
2007年 野崎歓訳
ナポレオン失脚後のフランス。貧しい家に育った青年ジュリヤン・ソレルは、立身のため僧職に身を投じる。やがて貴族であるレナール家の家庭教師となり、その美貌からレナール夫人に慕われるようになる。ジュリヤンは金持ちへの反発と野心から、夫人を誘惑をするのだが……。
新潮文庫版
1957年 小林正訳
製材小屋のせがれとして生れ、父や兄から絶えず虐待され、暗い日々を送るジュリヤン・ソレル。彼は華奢な体つきとデリケートな美貌の持主だが、不屈の強靱な意志を内に秘め、町を支配するブルジョアに対する激しい憎悪の念に燃えていた。僧侶になって出世しようという野心を抱いていたジュリヤンは、たまたま町長レーナル家の家庭教師になり、純真な夫人を誘惑してしまう……。
岩波文庫版
1958年 桑原武夫, 生島遼一訳
ナポレオン没落後,武勲による立身の望みを失った貧しい青年ジュリアン・ソレルが,僧侶階級に身を投じ,その才智と美貌とで貴族階級に食い入って,野望のためにいかに戦いそして恋したか.率直で力強い性格をもったジュリアンという青年像を創出し,恋愛心理の複雑な葛藤を描き出したフランス心理小説の最高峰.一八三○年.