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巻子本古今和歌集(国宝/大倉集古館蔵)
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古今和歌集のデータベース

古今和歌集とは

やまと歌は、人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける 世の中にある人、ことわざ繁きものなれば、心に思ふ事を、見るもの聞くものにつけて、言ひ出せるなり 花に鳴くうぐひす、水に住む蛙の声を聞けば、生きとし生けるもの、いづれか歌をよまざりける 力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女のなかをもやはらげ、猛き武士の心をも慰むるは、歌なり。

古今和歌集仮名序

  • 古今和歌集は醍醐天皇の勅命により、905年に騒擾された我が国初の勅撰和歌集。
  • 撰者は、紀友則、紀貫之、凡河内躬恒、壬生忠岑の4人であり、中でも紀貫之が最も大きな役割りを果たした。
  • 905年に完成。
  • 撰者の紀貫之がそうであったこともあって、全体として優美、理知的な作品が多いことが古今の特徴である。
  • 国宝指定の写本の情報はこちら

古今和歌集の構成

春上 春下 秋上 秋下 離別 羈旅 物名
68 67 33 80 65 29 22 41 16 47
% 6.1 6 3 7.2 5.9 2.6 2 3.7 1.4 4.2
恋一 恋二 恋三 恋四 恋五 哀傷 雑上 雑下 雑体 大歌所
83 64 61 70 82 34 70 68 68

32

% 7.5 5.8 5.5 6.3 7.4 3 6.3 6.1 6.1 2.9
  • 巻二十から成り、全1111首(うち、巻一から二十までで1100)

古今和歌集 言の葉データベース

「かな」は原文と同様に濁点を付けておりませんので、例えば「ほととぎす」を検索したいときは、「ほとときす」と入力してください。

よみ人
1年の内に 春はきにけり ひととせを 去年とや言はむ 今年とや言はむ
としのうちに はるはきにけり ひととせを こそとやいはむ ことしとやいはむ
在原元方春歌上
2袖ひちて むすびし水の こほれるを 春立つ今日の 風やとくらむ
そてひちて むすひしみつの こほれるを はるたつけふの かせやとくらむ
紀貫之春歌上
3春霞 立てるやいづこ み吉野の 吉野の山に 雪は降りつつ
はるかすみ たてるやいつこ みよしのの よしののやまに ゆきはふりつつ
読人知らず春歌上
4雪の内に 春はきにけり うぐひすの こほれる涙 今やとくらむ
ゆきのうちに はるはきにけり うくひすの こほれるなみた いまやとくらむ
二条后春歌上
5梅が枝に きゐるうぐひす 春かけて 鳴けども今だ 雪は降りつつ
うめかえに きゐるうくひす はるかけて なけともいまた ゆきはふりつつ
読人知らず春歌上
6春たてば 花とや見らむ 白雪の かかれる枝に うぐひすの鳴く
はるたては はなとやみらむ しらゆきの かかれるえたに うくひすそなく
素性法師春歌上
7心ざし 深く染めてし 折りければ 消えあへぬ雪の 花と見ゆらむ
こころさし ふかくそめてし をりけれは きえあへぬゆきの はなとみゆらむ
読人知らず春歌上
8春の日の 光に当たる 我なれど かしらの雪と なるぞわびしき
はるのひの ひかりにあたる われなれと かしらのゆきと なるそわひしき
文屋康秀春歌上
9霞立ち 木の芽もはるの 雪降れば 花なき里も 花ぞ散りける
かすみたち このめもはるの ゆきふれは はななきさとも はなそちりける
紀貫之春歌上
10春やとき 花やおそきと 聞きわかむ うぐひすだにも 鳴かずもあるかな
はるやとき はなやおそきと ききわかむ うくひすたにも なかすもあるかな
藤原言直春歌上
11春きぬと 人は言へども うぐひすの 鳴かぬかぎりは あらじとぞ思ふ
はるきぬと ひとはいへとも うくひすの なかぬかきりは あらしとそおもふ
壬生忠岑春歌上
12谷風に とくる氷の ひまごとに うち出づる浪や 春の初花
たにかせに とくるこほりの ひまことに うちいつるなみや はるのはつはな
源当純春歌上
13花の香を 風のたよりに たぐへてぞ うぐひすさそふ しるべにはやる
はなのかを かせのたよりに たくへてそ うくひすさそふ しるへにはやる
紀友則春歌上
14うぐひすの 谷よりいづる 声なくは 春くることを 誰か知らまし
うくひすの たによりいつる こゑなくは はるくることを たれかしらまし
大江千里春歌上
15春たてど 花も匂はぬ 山里は ものうかるねに うぐひすぞ鳴く
はるたてと はなもにほはぬ やまさとは ものうかるねに うくひすそなく
在原棟梁春歌上
16野辺近く いへゐしせれば うぐひすの 鳴くなる声は 朝な朝な聞く
のへちかく いへゐしせれは うくひすの なくなるこゑは あさなあさなきく
読人知らず春歌上
17春日野は 今日はな焼きそ 若草の つまもこもれり 我もこもれり
かすかのは けふはなやきそ わかくさの つまもこもれり われもこもれり
読人知らず春歌上
18春日野の とぶひの野守 いでて見よ 今いくかありて 若菜つみてむ
かすかのの とふひののもり いててみよ いまいくかありて わかなつみてむ
読人知らず春歌上
19み山には 松の雪だに 消えなくに みやこは野辺の 若菜つみけり
みやまには まつのゆきたに きえなくに みやこはのへの わかなつみけり
読人知らず春歌上
20梓弓 押してはるさめ 今日降りぬ 明日さへ降らば 若菜つみてむ
あつさゆみ おしてはるさめ けふふりぬ あすさへふらは わかなつみてむ
読人知らず春歌上
21君がため 春の野にいでて 若菜つむ 我が衣手に 雪は降りつつ
きみかため はるののにいてて わかなつむ わかころもてに ゆきはふりつつ
#百人一首
仁和帝(光孝天皇)春歌上
22春日野の 若菜つみにや 白妙の 袖ふりはへて 人のゆくらむ
かすかのの わかなつみにや しろたへの そてふりはへて ひとのゆくらむ
紀貫之春歌上
23春の着る 霞の衣 ぬきを薄み 山風にこそ 乱るべらなれ
はるのきる かすみのころも ぬきをうすみ やまかせにこそ みたるへらなれ
在原行平春歌上
24ときはなる 松の緑も 春くれば 今ひとしほの 色まさりけり
ときはなる まつのみとりも はるくれは いまひとしほの いろまさりけり
源宗于春歌上
25我が背子が 衣はるさめ ふるごとに 野辺の緑ぞ 色まさりける
わかせこか ころもはるさめ ふることに のへのみとりそ いろまさりける
紀貫之春歌上
26青柳の 糸よりかくる 春しもぞ 乱れて花の ほころびにける
あをやきの いとよりかくる はるしもそ みたれてはなの ほころひにける
紀貫之春歌上
27浅緑 糸よりかけて 白露を 珠にもぬける 春の柳か
あさみとり いとよりかけて しらつゆを たまにもぬける はるのやなきか
僧正遍照春歌上
28ももちどり さへづる春は ものごとに あらたまれども 我ぞふりゆく
ももちとり さへつるはるは ものことに あらたまれとも われそふりゆく
読人知らず春歌上
29をちこちの たづきも知らぬ 山なかに おぼつかなくも 呼子鳥かな
をちこちの たつきもしらぬ やまなかに おほつかなくも よふことりかな
読人知らず春歌上
30春くれば 雁かへるなり 白雲の 道ゆきぶりに ことやつてまし
はるくれは かりかへるなり しらくもの みちゆきふりに ことやつてまし
凡河内躬恒春歌上
31春霞 立つを見捨てて ゆく雁は 花なき里に 住みやならへる
はるかすみ たつをみすてて ゆくかりは はななきさとに すみやならへる
伊勢春歌上
32折りつれば 袖こそ匂へ 梅の花 ありとやここに うぐひすの鳴く
をりつれは そてこそにほへ うめのはな ありとやここに うくひすのなく
読人知らず春歌上
33色よりも 香こそあはれと 思ほゆれ たが袖ふれし 宿の梅ぞも
いろよりも かこそあはれと おもほゆれ たかそてふれし やとのうめそも
読人知らず春歌上
34宿近く 梅の花植ゑじ あぢきなく 待つ人の香に あやまたれけり
やとちかく うめのはなうゑし あちきなく まつひとのかに あやまたれけり
読人知らず春歌上
35梅の花 立ち寄るばかり ありしより 人のとがむる 香にぞしみぬる
うめのはな たちよるはかり ありしより ひとのとかむる かにそしみぬる
読人知らず春歌上
36うぐひすの 笠にぬふてふ 梅の花 折りてかざさむ 老いかくるやと
うくひすの かさにぬふといふ うめのはな をりてかささむ おいかくるやと
東三条左大臣春歌上
37よそにのみ あはれとぞ見し 梅の花 あかぬ色かは 折りてなりけり
よそにのみ あはれとそみし うめのはな あかぬいろかは をりてなりけり
素性法師春歌上
38君ならで 誰にか見せむ 梅の花 色をも香かをも 知る人ぞ知る
きみならて たれにかみせむ うめのはな いろをもかをも しるひとそしる
紀友則春歌上
39梅の花 匂ふ春べは くらぶ山 闇に越ゆれど しるくぞありける
うめのはな にほふはるへは くらふやま やみにこゆれと しるくそありける
紀貫之春歌上
40月夜には それとも見えず 梅の花 香をたづねてぞ 知るべかりける
つきよには それともみえす うめのはな かをたつねてそ しるへかりける
凡河内躬恒春歌上
41春の夜の 闇はあやなし 梅の花 色こそ見えね 香やは隠るる
はるのよの やみはあやなし うめのはな いろこそみえね かやはかくるる
凡河内躬恒春歌上
42人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香に匂ひける
ひとはいさ こころもしらす ふるさとは はなそむかしの かににほひける
#百人一首
紀貫之春歌上
43春ごとに 流るる川を 花と見て 折られぬ水に 袖や濡れなむ
はることに なかるるかはを はなとみて をられぬみつに そてやぬれなむ
伊勢春歌上
44年をへて 花の鏡と なる水は 散りかかるをや 曇ると言ふらむ
としをへて はなのかかみと なるみつは ちりかかるをや くもるといふらむ
伊勢春歌上
45くるとあくと 目かれぬものを 梅の花 いつの人まに うつろひぬらむ
くるとあくと めかれぬものを うめのはな いつのひとまに うつろひぬらむ
紀貫之春歌上
46梅が香を 袖にうつして とどめては 春はすぐとも 形見ならまし
うめかかを そてにうつして ととめては はるはすくとも かたみならまし
読人知らず春歌上
47散ると見て あるべきものを 梅の花 うたて匂ひの 袖にとまれる
ちるとみて あるへきものを うめのはな うたてにほひの そてにとまれる
素性法師春歌上
48散りぬとも 香をだに残せ 梅の花 恋しき時の 思ひ出にせむ
ちりぬとも かをたにのこせ うめのはな こひしきときの おもひいてにせむ
読人知らず春歌上
49今年より 春知りそむる 桜花 散ると言ふことは ならはざらなむ
ことしより はるしりそむる さくらはな ちるといふことは ならはさらなむ
紀貫之春歌上
50山高み 人もすさめぬ 桜花 いたくなわびそ 我見はやさむ
やまたかみ ひともすさへぬ さくらはな いたくなわひそ われみはやさむ
読人知らず春歌上
51山桜 我が見にくれば 春霞 峰にもをにも 立ち隠しつつ
やまさくら わかみにくれは はるかすみ みねにもをにも たちかくしつつ
読人知らず春歌上
52年ふれば よはひは老いぬ しかはあれど 花をし見れば 物思ひもなし
としふれは よはひはおいぬ しかはあれと はなをしみれは ものおもひもなし
前太政大臣春歌上
53世の中に 絶えて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし
よのなかに たえてさくらの なかりせは はるのこころは のとけからまし
在原業平春歌上
54石ばしる 滝なくもがな 桜花 手折りてもこむ 見ぬ人のため
いしはしる たきなくもかな さくらはな たをりてもこむ みぬひとのため
読人知らず春歌上
55見てのみや 人にかたらむ 桜花 手ごとに折りて いへづとにせむ
みてのみや ひとにかたらむ さくらはな てことにをりて いへつとにせむ
素性法師春歌上
56見渡せば 柳桜を こきまぜて みやこぞ春の 錦なりける
みわたせは やなきさくらを こきませて みやこそはるの にしきなりける
素性法師春歌上
57色も香も 同じ昔に さくらめど 年ふる人ぞ あらたまりける
いろもかも おなしむかしに さくらめと としふるひとそ あらたまりける
紀友則春歌上
58誰しかも とめて折りつる 春霞 立ち隠すらむ 山の桜を
たれしかも とめてをりつる はるかすみ たちかくすらむ やまのさくらを
紀貫之春歌上
59桜花 さきにけらしな あしひきの 山のかひより 見ゆる白雲
さくらはな さきにけらしな あしひきの やまのかひより みゆるしらくも
紀貫之春歌上
60み吉野の 山辺にさける 桜花 雪かとのみぞ あやまたれける
みよしのの やまへにさける さくらはな ゆきかとのみそ あやまたれける
紀友則春歌上
61桜花 春くははれる 年だにも 人の心に あかれやはせぬ
さくらはな はるくははれる としたにも ひとのこころに あかれやはせぬ
伊勢春歌上
62あだなりと 名にこそたてれ 桜花 年にまれなる 人も待ちけり
あたなりと なにこそたてれ さくらはな としにまれなる ひともまちけり
読人知らず春歌上
63今日こずは 明日は雪とぞ 降りなまし 消えずはありとも 花と見ましや
けふこすは あすはゆきとそ ふりなまし きえすはありとも はなとみましや
在原業平春歌上
64散りぬれば 恋ふれどしるし なきものを 今日こそ桜 折らば折りてめ
ちりぬれは こふれとしるし なきものを けふこそさくら をらはをりてめ
読人知らず春歌上
65折りとらば 惜しげにもあるか 桜花 いざ宿かりて 散るまでは見む
をりとらは をしけにもあるか さくらはな いさやとかりて ちるまてはみむ
読人知らず春歌上
66桜色に 衣は深く 染めて着む 花の散りなむ のちの形見に
さくらいろに ころもはふかく そめてきむ はなのちりなむ のちのかたみに
紀有朋春歌上
67我が宿の 花見がてらに くる人は 散りなむのちぞ 恋しかるべき
わかやとの はなみかてらに くるひとは ちりなむのちそ こひしかるへき
凡河内躬恒春歌上
68見る人も なき山里の 桜花 ほかの散りなむ のちぞ咲かまし
みるひとも なきやまさとの さくらはな ほかのちりなむ のちそさかまし
伊勢春歌上
69春霞 たなびく山の 桜花 うつろはむとや 色かはりゆく
はるかすみ たなひくやまの さくらはな うつろはむとや いろかはりゆく
読人知らず春歌下
70待てと言ふに 散らでしとまる ものならば 何を桜に 思ひまさまし
まてといふに ちらてしとまる ものならは なにをさくらに おもひまさまし
読人知らず春歌下
71残りなく 散るぞめでたき 桜花 ありて世の中 はての憂ければ
のこりなく ちるそめてたき さくらはな ありてよのなか はてのうけれは
読人知らず春歌下
72この里に 旅寝しぬべし 桜花 散りのまがひに 家路忘れて
このさとに たひねしぬへし さくらはな ちりのまかひに いへちわすれて
読人知らず春歌下
73空蝉の 世にも似たるか 花桜 咲くと見しまに かつ散りにけり
うつせみの よにもにたるか はなさくら さくとみしまに かつちりにけり
読人知らず春歌下
74桜花 散らば散らなむ 散らずとて ふるさと人の きても見なくに
さくらはな ちらはちらなむ ちらすとて ふるさとひとの きてもみなくに
惟喬親王春歌下
75桜散る 花のところは 春ながら 雪ぞ降りつつ 消えがてにする
さくらちる はなのところは はるなから ゆきそふりつつ きえかてにする
承均法師春歌下
76花散らす 風の宿りは 誰か知る 我に教へよ 行きてうらみむ
はなちらす かせのやとりは たれかしる われにをしへよ ゆきてうらみむ
素性法師春歌下
77いざ桜 我も散りなむ ひとさかり ありなば人に うきめ見えなむ
いささくら われもちりなむ ひとさかり ありなはひとに うきめみえなむ
承均法師春歌下
78ひと目見し 君もや来ると 桜花 今日は待ちみて 散らば散らなむ
ひとめみし きみもやくると さくらはな けふはまちみて ちらはちらなむ
紀貫之春歌下
79春霞 何隠すらむ 桜花 散る間をだにも 見るべきものを
はるかすみ なにかくすらむ さくらはな ちるまをたにも みるへきものを
紀貫之春歌下
80たれこめて 春のゆくへも 知らぬ間に 待ちし桜も うつろひにけり
たれこめて はるのゆくへも しらぬまに まちしさくらも うつろひにけり
藤原因香春歌下
81枝よりも あだに散りにし 花なれば 落ちても水の 泡とこそなれ
えたよりも あたにちりにし はななれは おちてもみつの あわとこそなれ
菅野高世春歌下
82ことならば 咲かずやはあらぬ 桜花 見る我さへに しづ心なし
ことならは さかすやはあらぬ さくらはな みるわれさへに しつこころなし
紀貫之春歌下
83桜花 とく散りぬとも 思ほえず 人の心ぞ 風も吹きあへぬ
さくらはな とくちりぬとも おもほえす ひとのこころそ かせもふきあへぬ
紀貫之春歌下
84久方の 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ
ひさかたの ひかりのとけき はるのひに しつこころなく はなのちるらむ
#百人一首
紀友則春歌下
85春風は 花のあたりを よぎて吹け 心づからや うつろふと見む
はるかせは はなのあたりを よきてふけ こころつからや うつろふとみむ
藤原好風春歌下
86雪とのみ 降るだにあるを 桜花 いかに散れとか 風の吹くらむ
ゆきとのみ ふるたにあるを さくらはな いかにちれとか かせのふくらむ
凡河内躬恒春歌下
87山高み 見つつ我がこし 桜花 風は心に まかすべらなり
やまたかみ みつつわかこし さくらはな かせはこころに まかすへらなり
紀貫之春歌下
88春雨の 降るは涙か 桜花 散るを惜しまぬ 人しなければ
はるさめの ふるはなみたか さくらはな ちるををしまぬ ひとしなけれは
大友黒主春歌下
89桜花 散りぬる風の なごりには 水なき空に 浪ぞたちける
さくらはな ちりぬるかせの なこりには みつなきそらに なみそたちける
紀貫之春歌下
90ふるさとと なりにし奈良の みやこにも 色はかはらず 花は咲きけり
ふるさとと なりにしならの みやこにも いろはかはらす はなはさきけり
奈良帝春歌下
91花の色は 霞にこめて 見せずとも 香をだにぬすめ 春の山風
はなのいろは かすみにこめて みせすとも かをたにぬすめ はるのやまかせ
良岑宗貞春歌下
92花の木も 今はほり植ゑじ 春たてば うつろふ色に 人ならひけり
はなのきも いまはほりうゑし はるたては うつろふいろに ひとならひけり
素性法師春歌下
93春の色の いたりいたらぬ 里はあらじ 咲ける咲かざる 花の見ゆらむ
はるのいろの いたりいたらぬ さとはあらし さけるさかさる はなのみゆらむ
読人知らず春歌下
94三輪山を しかも隠すか 春霞 人に知られぬ 花や咲くらむ
みわやまを しかもかくすか はるかすみ ひとにしられぬ はなやさくらむ
紀貫之春歌下
95いざ今日は 春の山辺に まじりなむ 暮れなばなげの 花のかげかは
いさけふは はるのやまへに ましりなむ くれなはなけの はなのかけかは
素性法師春歌下
96いつまでか 野辺に心の あくがれむ 花し散らずは 千代もへぬべし
いつまてか のへにこころの あくかれむ はなしちらすは ちよもへぬへし
素性法師春歌下
97春ごとに 花のさかりは ありなめど あひ見むことは 命なりけり
はることに はなのさかりは ありなめと あひみむことは いのちなりけり
読人知らず春歌下
98花のごと 世のつねならば すぐしてし 昔はまたも かへりきなまし
はなのこと よのつねならは すくしてし むかしはまたも かへりきなまし
読人知らず春歌下
99吹く風に あつらへつくる ものならば このひともとは よぎよと言はまし
ふくかせに あつらへつくる ものならは このひともとは よきよといはまし
読人知らず春歌下
100待つ人も 来ぬものゆゑに うぐひすの 鳴きつる花を 折りてけるかな
まつひとも こぬものゆゑに うくひすの なきつるはなを をりてけるかな
読人知らず春歌下
101咲く花は ちぐさながらに あだなれど 誰かは春を うらみはてたる
さくはなは ちくさなからに あたなれと たれかははるを うらみはてたる
藤原興風春歌下
102春霞 色のちぐさに 見えつるは たなびく山の 花のかげかも
はるかすみ いろのちくさに みえつるは たなひくやまの はなのかけかも
藤原興風春歌下
103霞立つ 春の山辺は 遠けれど 吹きくる風は 花の香ぞする
かすみたつ はるのやまへは とほけれと ふきくるかせは はなのかそする
在原元方春歌下
104花見れば 心さへにぞ うつりける 色にはいでじ 人もこそ知れ
はなみれは こころさへにそ うつりける いろにはいてし ひともこそしれ
凡河内躬恒春歌下
105うぐひすの 鳴く野辺ごとに 来て見れば うつろふ花に 風ぞ吹きける
うくひすの なくのへことに きてみれは うつろふはなに かせそふきける
読人知らず春歌下
106吹く風を 鳴きてうらみよ うぐひすは 我やは花に 手だにふれたる
ふくかせを なきてうらみよ うくひすは われやははなに てたにふれたる
読人知らず春歌下
107散る花の なくにしとまる ものならば 我うぐひすに おとらましやは
ちるはなの なくにしとまる ものならは われうくひすに おとらましやは
春澄洽子春歌下
108花の散る ことやわびしき 春霞 たつたの山の うぐひすの声
はなのちる ことやわひしき はるかすみ たつたのやまの うくひすのこゑ
藤原後蔭春歌下
109こづたへば おのが羽かぜに 散る花を 誰におほせて ここら鳴くらむ
こつたへは おのかはかせに ちるはなを たれにおほせて ここらなくらむ
素性法師春歌下
110しるしなき 音をも鳴くかな うぐひすの 今年のみ散る 花ならなくに
しるしなき ねをもなくかな うくひすの ことしのみちる はなならなくに
凡河内躬恒春歌下
111駒なめて いざ見にゆかむ ふるさとは 雪とのみこそ 花は散るらめ
こまなへて いさみにゆかむ ふるさとは ゆきとのみこそ はなはちるらめ
読人知らず春歌下
112散る花を 何かうらみむ 世の中に 我が身も共に あらむものかは
ちるはなを なにかうらみむ よのなかに わかみもともに あらむものかは
読人知らず春歌下
113花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに
はなのいろは うつりにけりな いたつらに わかみよにふる なかめせしまに
#百人一首
小野小町春歌下
114惜しと思ふ 心は糸に よられなむ 散る花ごとに ぬきてとどめむ
をしとおもふ こころはいとに よられなむ ちるはなことに ぬきてととめむ
素性法師春歌下
115梓弓 はるの山辺を 越えくれば 道もさりあへず 花ぞ散りける
あつさゆみ はるのやまへを こえくれは みちもさりあへす はなそちりける
紀貫之春歌下
116春の野に 若菜つまむと こしものを 散りかふ花に 道は惑ひぬ
はるののに わかなつまむと こしものを ちりかふはなに みちはまとひぬ
紀貫之春歌下
117宿りして 春の山辺に 寝たる夜は 夢の内にも 花ぞ散りける
やとりして はるのやまへに ねたるよは ゆめのうちにも はなそちりける
紀貫之春歌下
118吹く風と 谷の水とし なかりせば み山隠れの 花を見ましや
ふくかせと たにのみつとし なかりせは みやまかくれの はなをみましや
紀貫之春歌下
119よそに見て かへらむ人に 藤の花 はひまつはれよ 枝は折るとも
よそにみて かへらむひとに ふちのはな はひまつはれよ えたはをるとも
僧正遍照春歌下
120我が宿に 咲ける藤波 立ち返り すぎがてにのみ 人の見るらむ
わかやとに さけるふちなみ たちかへり すきかてにのみ ひとのみるらむ
凡河内躬恒春歌下
121今もかも 咲き匂ふらむ 橘の こじまのさきの 山吹の花
いまもかも さきにほふらむ たちはなの こしまのさきの やまふきのはな
読人知らず春歌下
122春雨に 匂へる色も あかなくに 香さへなつかし 山吹の花
はるさめに にほへるいろも あかなくに かさへなつかし やまふきのはな
読人知らず春歌下
123山吹は あやなな咲きそ 花見むと 植ゑけむ君が 今宵来なくに
やまふきは あやななさきそ はなみむと うゑけむきみか こよひこなくに
読人知らず春歌下
124吉野川 岸の山吹 吹く風に 底の影さへ うつろひにけり
よしのかは きしのやまふき ふくかせに そこのかけさへ うつろひにけり
紀貫之春歌下
125かはづなく ゐでの山吹 散りにけり 花のさかりに あはましものを
かはつなく ゐてのやまふき ちりにけり はなのさかりに あはましものを
読人知らず春歌下
126おもふどち 春の山辺に うちむれて そことも言はぬ 旅寝してしか
おもふとち はるのやまへに うちむれて そこともいはぬ たひねしてしか
素性法師春歌下
127梓弓 春たちしより 年月の いるがごとくも 思ほゆるかな
あつさゆみ はるたちしより としつきの いるかことくも おもほゆるかな
凡河内躬恒春歌下
128鳴きとむる 花しなければ うぐひすも はてはものうく なりぬべらなり
なきとむる はなしなけれは うくひすも はてはものうく なりぬへらなり
紀貫之春歌下
129花散れる 水のまにまに とめくれば 山には春も なくなりにけり
はなちれる みつのまにまに とめくれは やまにははるも なくなりにけり
清原深養父春歌下
130惜しめども とどまらなくに 春霞 かへる道にし たちぬと思へば
をしめとも ととまらなくに はるかすみ かへるみちにし たちぬとおもへは
在原元方春歌下
131声絶えず 鳴けやうぐひす ひととせに ふたたびとだに 来べき春かは
こゑたえす なけやうくひす ひととせに ふたたひとたに くへきはるかは
藤原興風春歌下
132とどむべき ものとはなしに はかなくも 散る花ごとに たぐふ心か
ととむへき ものとはなしに はかなくも ちるはなことに たくふこころか
凡河内躬恒春歌下
133濡れつつぞ しひて折りつる 年の内に 春はいくかも あらじと思へば
ぬれつつそ しひてをりつる としのうちに はるはいくかも あらしとおもへは
在原業平春歌下
134今日のみと 春を思はぬ 時だにも 立つことやすき 花のかげかは
けふのみと はるをおもはぬ ときたにも たつことやすき はなのかけかは
凡河内躬恒春歌下
135我が宿の 池の藤波 咲きにけり 山郭公 いつか来鳴かむ
わかやとの いけのふちなみ さきにけり やまほとときす いつかきなかむ
読人知らず春歌下
136あはれてふ ことをあまたに やらじとや 春におくれて ひとり咲くらむ
あはれてふ ことをあまたに やらしとや はるにおくれて ひとりさくらむ
紀利貞夏歌
137五月待つ 山郭公 うちはぶき 今も鳴かなむ 去年のふる声
さつきまつ やまほとときす うちはふき いまもなかなむ こそのふるこゑ
読人知らず夏歌
138五月こば 鳴きもふりなむ 郭公 まだしきほどの 声を聞かばや
さつきこは なきもふりなむ ほとときす またしきほとの こゑをきかはや
伊勢夏歌
139五月待つ 花橘の 香をかげば 昔の人の 袖の香ぞする
さつきまつ はなたちはなの かをかけは むかしのひとの そてのかそする
読人知らず夏歌
140いつの間に 五月来ぬらむ あしひきの 山郭公 今ぞ鳴くなる
いつのまに さつききぬらむ あしひきの やまほとときす いまそなくなる
読人知らず夏歌
141今朝き鳴き いまだ旅なる 郭公 花橘に 宿はからなむ
けさきなき いまたたひなる ほとときす はなたちはなに やとはからなむ
読人知らず夏歌
142音羽山 今朝越えくれば 郭公 梢はるかに 今ぞ鳴くなる
おとはやま けさこえくれは ほとときす こすゑはるかに いまそなくなる
紀友則夏歌
143郭公 初声聞けば あぢきなく 主さだまらぬ 恋せらるはた
ほとときす はつこゑきけは あちきなく ぬしさたまらぬ こひせらるはた
素性法師夏歌
144いそのかみ ふるきみやこの 郭公 声ばかりこそ 昔なりけれ
いそのかみ ふるきみやこの ほとときす こゑはかりこそ むかしなりけれ
素性法師夏歌
145夏山に 鳴く郭公 心あらば 物思ふ我に 声な聞かせそ
なつやまに なくほとときす こころあらは ものおもふわれに こゑなきかせそ
読人知らず夏歌
146郭公 鳴く声聞けば 別れにし ふるさとさへぞ 恋しかりける
ほとときす なくこゑきけは わかれにし ふるさとさへそ こひしかりける
読人知らず夏歌
147郭公 なが鳴く里の あまたあれば なほうとまれぬ 思ふものから
ほとときす なかなくさとの あまたあれは なほうとまれぬ おもふものから
読人知らず夏歌
148思ひいづる ときはの山の 郭公 唐紅の ふりいでてぞ鳴く
おもひいつる ときはのやまの ほとときす からくれなゐの ふりいててそなく
読人知らず夏歌
149声はして 涙は見えぬ 郭公 我が衣手の ひつをからなむ
こゑはして なみたはみえぬ ほとときす わかころもての ひつをからなむ
読人知らず夏歌
150あしひきの 山郭公 をりはへて 誰かまさると 音をのみぞ鳴く
あしひきの やまほとときす をりはへて たれかまさると ねをのみそなく
読人知らず夏歌
151今さらに 山へかへるな 郭公 声のかぎりは 我が宿に鳴け
いまさらに やまへかへるな ほとときす こゑのかきりは わかやとになけ
読人知らず夏歌
152やよやまて 山郭公 ことづてむ 我れ世の中に 住みわびぬとよ
やよやまて やまほとときす ことつてむ われよのなかに すみわひぬとよ
三国町夏歌
153五月雨に 物思ひをれば 郭公 夜深く鳴きて いづち行くらむ
さみたれに ものおもひをれは ほとときす よふかくなきて いつちゆくらむ
紀友則夏歌
154夜や暗き 道や惑へる 郭公 我が宿をしも すぎがてに鳴く
よやくらき みちやまとへる ほとときす わかやとをしも すきかてになく
紀友則夏歌
155宿りせし 花橘も 枯れなくに など郭公 声絶えぬらむ
やとりせし はなたちはなも かれなくに なとほとときす こゑたえぬらむ
大江千里夏歌
156夏の夜の ふすかとすれば 郭公 鳴くひと声に 明くるしののめ
なつのよの ふすかとすれは ほとときす なくひとこゑに あくるしののめ
紀貫之夏歌
157くるるかと 見れば明けぬる 夏の夜を あかずとや鳴く 山郭公
くるるかと みれはあけぬる なつのよを あかすとやなく やまほとときす
壬生忠岑夏歌
158夏山に 恋しき人や 入りにけむ 声ふりたてて 鳴く郭公
なつやまに こひしきひとや いりにけむ こゑふりたてて なくほとときす
紀秋岑夏歌
159去年の夏 鳴きふるしてし 郭公 それかあらぬか 声のかはらぬ
こそのなつ なきふるしてし ほとときす それかあらぬか こゑのかはらぬ
読人知らず夏歌
160五月雨の 空もとどろに 郭公 何を憂しとか 夜ただ鳴くらむ
さみたれの そらもととろに ほとときす なにをうしとか よたたなくらむ
紀貫之夏歌
161郭公 声も聞こえず 山彦は ほかになく音を 答へやはせぬ
ほとときす こゑもきこえす やまひこは ほかになくねを こたへやはせぬ
凡河内躬恒夏歌
162郭公 人まつ山に 鳴くなれば 我うちつけに 恋ひまさりけり
ほとときす ひとまつやまに なくなれは われうちつけに こひまさりけり
紀貫之夏歌
163昔べや 今も恋しき 郭公 ふるさとにしも 鳴きてきつらむ
むかしへや いまもこひしき ほとときす ふるさとにしも なきてきつらむ
壬生忠岑夏歌
164郭公 我とはなしに 卯の花の うき世の中に 鳴き渡るらむ
ほとときす われとはなしに うのはなの うきよのなかに なきわたるらむ
凡河内躬恒夏歌
165はちす葉の にごりにしまぬ 心もて 何かは露を 珠とあざむく
はちすはの にこりにしまぬ こころもて なにかはつゆを たまとあさむく
僧正遍照夏歌
166夏の夜は まだ宵ながら 明けぬるを 雲のいづこに 月宿るらむ
なつのよは またよひなから あけぬるを くものいつこに つきやとるらむ
#百人一首
清原深養父夏歌
167塵をだに すゑじとぞ思ふ 咲きしより 妹と我が寝る 常夏の花
ちりをたに すゑしとそおもふ さきしより いもとわかぬる とこなつのはな
凡河内躬恒夏歌
168夏と秋と 行きかふ空の かよひぢは かたへ涼しき 風や吹くらむ
なつとあきと ゆきかふそらの かよひちは かたへすすしき かせやふくらむ
凡河内躬恒夏歌
169秋きぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ おどろかれぬる
あききぬと めにはさやかに みえねとも かせのおとにそ おとろかれぬる
藤原敏行秋歌上
170川風の 涼しくもあるか うちよする 浪とともにや 秋は立つらむ
かはかせの すすしくもあるか うちよする なみとともにや あきはたつらむ
紀貫之秋歌上
171我が背子が 衣の裾を 吹き返し うらめづらしき 秋の初風
わかせこか ころものすそを ふきかへし うらめつらしき あきのはつかせ
読人知らず秋歌上
172昨日こそ 早苗とりしか いつの間に 稲葉そよぎて 秋風の吹く
きのふこそ さなへとりしか いつのまに いなはそよきて あきかせのふく
読人知らず秋歌上
173秋風の 吹きにし日より 久方の 天の河原に 立たぬ日はなし
あきかせの ふきにしひより ひさかたの あまのかはらに たたぬひはなし
読人知らず秋歌上
174久方の 天の河原の 渡し守 君渡りなば かぢかくしてよ
ひさかたの あまのかはらの わたしもり きみわたりなは かちかくしてよ
読人知らず秋歌上
175天の河 紅葉を橋に わたせばや 七夕つめの 秋をしも待つ
あまのかは もみちをはしに わたせはや たなはたつめの あきをしもまつ
読人知らず秋歌上
176恋ひ恋ひて あふ夜は今宵 天の河 霧立ちわたり 明けずもあらなむ
こひこひて あふよはこよひ あまのかは きりたちわたり あけすもあらなむ
読人知らず秋歌上
177天の河 浅瀬しら浪 たどりつつ 渡りはてねば 明けぞしにける
あまのかは あさせしらなみ たとりつつ わたりはてねは あけそしにける
紀友則秋歌上
178契りけむ 心ぞつらき 七夕の 年にひとたび あふはあふかは
ちきりけむ こころそつらき たなはたの としにひとたひ あふはあふかは
藤原興風秋歌上
179年ごとに あふとはすれど 七夕の 寝る夜の数ぞ 少なかりける
としことに あふとはすれと たなはたの ぬるよのかすそ すくなかりける
凡河内躬恒秋歌上
180七夕に かしつる糸の うちはへて 年のを長く 恋ひや渡らむ
たなはたに かしつるいとの うちはへて としのをなかく こひやわたらむ
凡河内躬恒秋歌上
181今宵こむ 人にはあはじ 七夕の 久しきほどに 待ちもこそすれ
こよひこむ ひとにはあはし たなはたの ひさしきほとに まちもこそすれ
素性法師秋歌上
182今はとて 別るる時は 天の河 渡らぬ先に 袖ぞひちぬる
いまはとて わかるるときは あまのかは わたらぬさきに そてそひちぬる
源宗于秋歌上
183今日よりは 今こむ年の 昨日をぞ いつしかとのみ 待ち渡るべき
けふよりは いまこむとしの きのふをそ いつしかとのみ まちわたるへき
壬生忠岑秋歌上
184木の間より もりくる月の 影見れば 心づくしの 秋はきにけり
このまより もりくるつきの かけみれは こころつくしの あきはきにけり
読人知らず秋歌上
185おほかたの 秋くるからに 我が身こそ かなしきものと 思ひ知りぬれ
おほかたの あきくるからに わかみこそ かなしきものと おもひしりぬれ
読人知らず秋歌上
186我がために くる秋にしも あらなくに 虫の音聞けば まづぞかなしき
わかために くるあきにしも あらなくに むしのねきけは まつそかなしき
読人知らず秋歌上
187ものごとに 秋ぞかなしき もみぢつつ うつろひゆくを かぎりと思へば
ものことに あきそかなしき もみちつつ うつろひゆくを かきりとおもへは
読人知らず秋歌上
188ひとり寝る 床は草葉に あらねども 秋くる宵は 露けかりけり
ひとりぬる とこはくさはに あらねとも あきくるよひは つゆけかりけり
読人知らず秋歌上
189いつはとは 時はわかねど 秋の夜ぞ 物思ふことの かぎりなりける
いつはとは ときはわかねと あきのよそ ものおもふことの かきりなりける
読人知らず秋歌上
190かくばかり 惜しと思ふ夜を いたづらに 寝て明かすらむ 人さへぞうき
かくはかり をしとおもふよを いたつらに ねてあかすらむ ひとさへそうき
凡河内躬恒秋歌上
191白雲に 羽うちかはし 飛ぶ雁の 数さへ見ゆる 秋の夜の月
しらくもに はねうちかはし とふかりの かすさへみゆる あきのよのつき
読人知らず秋歌上
192小夜中と 夜はふけぬらし 雁がねの 聞こゆる空に 月渡る見ゆ
さよなかと よはふけぬらし かりかねの きこゆるそらに つきわたるみゆ
読人知らず秋歌上
193月見れば ちぢにものこそ かなしけれ 我が身ひとつの 秋にはあらねど
つきみれは ちちにものこそ かなしけれ わかみひとつの あきにはあらねと
#百人一首
大江千里秋歌上
194久方の 月の桂も 秋はなほ もみぢすればや 照りまさるらむ
ひさかたの つきのかつらも あきはなほ もみちすれはや てりまさるらむ
壬生忠岑秋歌上
195秋の夜の 月の光し あかければ くらぶの山も 越えぬべらなり
あきのよの つきのひかりし あかけれは くらふのやまも こえぬへらなり
在原元方秋歌上
196きりぎりす いたくな鳴きそ 秋の夜の 長き思ひは 我ぞまされる
きりきりす いたくななきそ あきのよの なかきおもひは われそまされる
藤原忠房秋歌上
197秋の夜の 明くるも知らず 鳴く虫は 我がごとものや かなしかるらむ
あきのよの あくるもしらす なくむしは わかことものや かなしかるらむ
藤原敏行秋歌上
198秋萩も 色づきぬれば きりぎりす 我が寝ぬごとや 夜はかなしき
あきはきも いろつきぬれは きりきりす わかねぬことや よるはかなしき
読人知らず秋歌上
199秋の夜は 露こそことに 寒からし 草むらごとに 虫のわぶれば
あきのよは つゆこそことに さむからし くさむらことに むしのわふれは
読人知らず秋歌上
200君しのぶ 草にやつるる ふるさとは 松虫の音ぞ かなしかりける
きみしのふ くさにやつるる ふるさとは まつむしのねそ かなしかりける
読人知らず秋歌上
201秋の野に 道も惑ひぬ 松虫の 声する方に 宿やからまし
あきののに みちもまとひぬ まつむしの こゑするかたに やとやからまし
読人知らず秋歌上
202秋の野に 人まつ虫の 声すなり 我かとゆきて いざとぶらはむ
あきののに ひとまつむしの こゑすなり われかとゆきて いさとふらはむ
読人知らず秋歌上
203もみぢ葉の 散りてつもれる 我が宿に 誰をまつ虫 ここら鳴くらむ
もみちはの ちりてつもれる わかやとに たれをまつむし ここらなくらむ
読人知らず秋歌上
204ひぐらしの 鳴きつるなへに 日は暮れぬと 思ふは山の かげにぞありける
ひくらしの なきつるなへに ひはくれぬと おもふはやまの かけにそありける
読人知らず秋歌上
205ひぐらしの 鳴く山里の 夕暮れは 風よりほかに とふ人もなし
ひくらしの なくやまさとの ゆふくれは かせよりほかに とふひともなし
読人知らず秋歌上
206待つ人に あらぬものから 初雁の 今朝鳴く声の めづらしきかな
まつひとに あらぬものから はつかりの けさなくこゑの めつらしきかな
在原元方秋歌上
207秋風に 初雁がねぞ 聞こゆなる たがたまづさを かけてきつらむ
あきかせに はつかりかねそ きこゆなる たかたまつさを かけてきつらむ
紀友則秋歌上
208我が門に いなおほせ鳥の 鳴くなへに 今朝吹く風に 雁はきにけり
わかかとに いなおほせとりの なくなへに けさふくかせに かりはきにけり
読人知らず秋歌上
209いとはやも 鳴きぬる雁か 白露の 色どる木ぎも もみぢあへなくに
いとはやも なきぬるかりか しらつゆの いろとるききも もみちあへなくに
読人知らず秋歌上
210春霞 かすみていにし 雁がねは 今ぞ鳴くなる 秋霧の上に
はるかすみ かすみていにし かりかねは いまそなくなる あききりのうへに
読人知らず秋歌上
211夜を寒み 衣かりがね 鳴くなへに 萩の下葉も うつろひにけり
よをさむみ ころもかりかね なくなへに はきのしたはも うつろひにけり
読人知らず秋歌上
212秋風に 声を帆にあげて くる舟は 天の門渡る 雁にぞありける
あきかせに こゑをほにあけて くるふねは あまのとわたる かりにそありける
藤原菅根秋歌上
213憂きことを 思ひつらねて 雁がねの 鳴きこそわたれ 秋の夜な夜な
うきことを おもひつらねて かりかねの なきこそわたれ あきのよなよな
凡河内躬恒秋歌上
214山里は 秋こそことに わびしけれ 鹿の鳴く音に 目を覚ましつつ
やまさとは あきこそことに わひしけれ しかのなくねに めをさましつつ
壬生忠岑秋歌上
215奥山に もみぢ踏みわけ 鳴く鹿の 声聞く時ぞ 秋はかなしき
おくやまに もみちふみわけ なくしかの こゑきくときそ あきはかなしき
#百人一首
読人知らず秋歌上
216秋萩に うらびれをれば あしひきの 山下とよみ 鹿の鳴くらむ
あきはきに うらひれをれは あしひきの やましたとよみ しかのなくらむ
読人知らず秋歌上
217秋萩を しがらみふせて 鳴く鹿の 目には見えずて 音のさやけさ
あきはきを しからみふせて なくしかの めにはみえすて おとのさやけさ
読人知らず秋歌上
218秋萩の 花咲きにけり 高砂の 尾上の鹿は 今や鳴くらむ
あきはきの はなさきにけり たかさこの をのへのしかは いまやなくらむ
藤原敏行秋歌上
219秋萩の 古枝に咲ける 花見れば もとの心は 忘れざりけり
あきはきの ふるえにさける はなみれは もとのこころは わすれさりけり
凡河内躬恒秋歌上
220秋萩の 下葉色づく 今よりや ひとりある人の いねがてにする
あきはきの したはいろつく いまよりや ひとりあるひとの いねかてにする
読人知らず秋歌上
221鳴き渡る 雁の涙や 落ちつらむ 物思ふ宿の 萩の上の露
なきわたる かりのなみたや おちつらむ ものおもふやとの はきのうへのつゆ
読人知らず秋歌上
222萩の露 玉にぬかむと とればけぬ よし見む人は 枝ながら見よ
はきのつゆ たまにぬかむと とれはけぬ よしみむひとは えたなからみよ
読人知らず秋歌上
223折りてみば 落ちぞしぬべき 秋萩の 枝もたわわに 置ける白露
をりてみは おちそしぬへき あきはきの えたもたわわに おけるしらつゆ
読人知らず秋歌上
224萩が花 散るらむ小野の 露霜に 濡れてをゆかむ 小夜はふくとも
はきかはな ちるらむをのの つゆしもに ぬれてをゆかむ さよはふくとも
読人知らず秋歌上
225秋の野に 置く白露は 玉なれや つらぬきかくる くもの糸すぢ
あきののに おくしらつゆは たまなれや つらぬきかくる くものいとすち
文屋朝康秋歌上
226名にめでて 折れるばかりぞ 女郎花 我おちにきと 人にかたるな
なにめてて をれるはかりそ をみなへし われおちにきと ひとにかたるな
僧正遍照秋歌上
227女郎花 憂しと見つつぞ ゆきすぐる 男山にし 立てりと思へば
をみなへし うしとみつつそ ゆきすくる をとこやまにし たてりとおもへは
布留今道秋歌上
228秋の野に 宿りはすべし 女郎花 名をむつまじみ 旅ならなくに
あきののに やとりはすへし をみなへし なをむつましみ たひならなくに
藤原敏行秋歌上
229女郎花 おほかる野辺に 宿りせば あやなくあだの 名をやたちなむ
をみなへし おほかるのへに やとりせは あやなくあたの なをやたちなむ
小野美材秋歌上
230女郎花 秋の野風に うちなびき 心ひとつを 誰によすらむ
をみなへし あきののかせに うちなひき こころひとつを たれによすらむ
左大臣秋歌上
231秋ならで あふことかたき 女郎花 天の河原に おひぬものゆゑ
あきならて あふことかたき をみなへし あまのかはらに おひぬものゆゑ
藤原定方秋歌上
232たが秋に あらぬものゆゑ 女郎花 なぞ色にいでて まだきうつろふ
たかあきに あらぬものゆゑ をみなへし なそいろにいてて またきうつろふ
紀貫之秋歌上
233つま恋ふる 鹿ぞ鳴くなる 女郎花 おのがすむ野の 花と知らずや
つまこふる しかそなくなる をみなへし おのかすむのの はなとしらすや
凡河内躬恒秋歌上
234女郎花 吹きすぎてくる 秋風は 目には見えねど 香こそしるけれ
をみなへし ふきすきてくる あきかせは めにはみえねと かこそしるけれ
凡河内躬恒秋歌上
235人の見る ことやくるしき 女郎花 秋霧にのみ 立ち隠るらむ
ひとのみる ことやくるしき をみなへし あききりにのみ たちかくるらむ
壬生忠岑秋歌上
236ひとりのみ ながむるよりは 女郎花 我が住む宿に 植ゑて見ましを
ひとりのみ なかむるよりは をみなへし わかすむやとに うゑてみましを
壬生忠岑秋歌上
237女郎花 うしろめたくも 見ゆるかな 荒れたる宿に ひとり立てれば
をみなへし うしろめたくも みゆるかな あれたるやとに ひとりたてれは
兼覧王秋歌上
238花にあかで 何かへるらむ 女郎花 おほかる野辺に 寝なましものを
はなにあかて なにかへるらむ をみなへし おほかるのへに ねなましものを
平貞文秋歌上
239なに人か 来て脱ぎかけし 藤ばかま 来る秋ごとに 野辺を匂はす
なにひとか きてぬきかけし ふちはかま くるあきことに のへをにほはす
藤原敏行秋歌上
240宿りせし 人の形見か 藤ばかま 忘られがたき 香に匂ひつつ
やとりせし ひとのかたみか ふちはかま わすられかたき かににほひつつ
紀貫之秋歌上
241主知らぬ 香こそ匂へれ 秋の野に たが脱ぎかけし 藤ばかまぞも
ぬししらぬ かこそにほへれ あきののに たかぬきかけし ふちはかまそも
素性法師秋歌上
242今よりは 植ゑてだに見じ 花薄 穂にいづる秋は わびしかりけり
いまよりは うゑてたにみし はなすすき ほにいつるあきは わひしかりけり
平貞文秋歌上
243秋の野の 草の袂か 花薄 穂にいでてまねく 袖と見ゆらむ
あきののの くさのたもとか はなすすき ほにいててまねく そてとみゆらむ
在原棟梁秋歌上
244我のみや あはれと思はむ きりぎりす 鳴く夕影の 大和撫子
われのみや あはれとおもはむ きりきりす なくゆふかけの やまとなてしこ
素性法師秋歌上
245緑なる ひとつ草とぞ 春は見し 秋は色いろの 花にぞありける
みとりなる ひとつくさとそ はるはみし あきはいろいろの はなにそありける
読人知らず秋歌上
246ももくさの 花のひもとく 秋の野に 思ひたはれむ 人なとがめそ
ももくさの はなのひもとく あきののを おもひたはれむ ひとなとかめそ
読人知らず秋歌上
247月草に 衣はすらむ 朝露に 濡れてののちは うつろひぬとも
つきくさに ころもはすらむ あさつゆに ぬれてののちは うつろひぬとも
読人知らず秋歌上
248里は荒れて 人はふりにし 宿なれや 庭もまがきも 秋の野らなる
さとはあれて ひとはふりにし やとなれや にはもまかきも あきののらなる
僧正遍照秋歌上
249吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を 嵐と言ふらむ
ふくからに あきのくさきの しをるれは うへやまかせを あらしといふらむ
#百人一首
文屋康秀秋歌下
250草も木も 色かはれども わたつみの 浪の花にぞ 秋なかりける
くさもきも いろかはれとも わたつうみの なみのはなにそ あきなかりける
文屋康秀秋歌下
251紅葉せぬ ときはの山は 吹く風の 音にや秋を 聞き渡るらむ
もみちせぬ ときはのやまは ふくかせの おとにやあきを ききわたるらむ
紀淑望秋歌下
252霧立ちて 雁ぞ鳴くなる 片岡の 朝の原は もみぢしぬらむ
きりたちて かりそなくなる かたをかの あしたのはらは もみちしぬらむ
読人知らず秋歌下
253神無月 時雨もいまだ 降らなくに かねてうつろふ 神なびのもり
かみなつき しくれもいまた ふらなくに かねてうつろふ かみなひのもり
読人知らず秋歌下
254ちはやぶる 神なび山の もみぢ葉に 思ひはかけじ うつろふものを
ちはやふる かみなひやまの もみちはに おもひはかけし うつろふものを
読人知らず秋歌下
255同じ枝を わきて木の葉の うつろふは 西こそ秋の はじめなりけれ
おなしえを わきてこのはの うつろふは にしこそあきの はしめなりけれ
藤原勝臣秋歌下
256秋風の 吹きにし日より 音羽山 峰の梢も 色づきにけり
あきかせの ふきにしひより おとはやま みねのこすゑも いろつきにけり
紀貫之秋歌下
257白露の 色はひとつを いかにして 秋の木の葉を ちぢに染むらむ
しらつゆの いろはひとつを いかにして あきのこのはを ちちにそむらむ
藤原敏行秋歌下
258秋の夜の 露をば露と 置きながら 雁の涙や 野辺を染むらむ
あきのよの つゆをはつゆと おきなから かりのなみたや のへをそむらむ
壬生忠岑秋歌下
259秋の露 色いろことに 置けばこそ 山の木の葉の ちぐさなるらめ
あきのつゆ いろいろことに おけはこそ やまのこのはの ちくさなるらめ
読人知らず秋歌下
260白露も 時雨もいたく もる山は 下葉残らず 色づきにけり
しらつゆも しくれもいたく もるやまは したはのこらす いろつきにけり
紀貫之秋歌下
261雨降れど 露ももらじを 笠取りの 山はいかでか もみぢ染めけむ
あめふれと つゆももらしを かさとりの やまはいかてか もみちそめけむ
在原元方秋歌下
262ちはやぶる 神のいがきに はふくずも 秋にはあへず うつろひにけり
ちはやふる かみのいかきに はふくすも あきにはあへす うつろひにけり
紀貫之秋歌下
263雨降れば 笠取り山の もみぢ葉は 行きかふ人の 袖さへぞてる
あめふれは かさとりやまの もみちはは ゆきかふひとの そてさへそてる
壬生忠岑秋歌下
264散らねども かねてぞ惜しき もみぢ葉は 今はかぎりの 色と見つれば
ちらねとも かねてそをしき もみちはは いまはかきりの いろとみつれは
読人知らず秋歌下
265誰がための 錦なればか 秋霧の 佐保の山辺を 立ち隠すらむ
たかための にしきなれはか あききりの さほのやまへを たちかくすらむ
紀友則秋歌下
266秋霧は 今朝はな立ちそ 佐保山の ははそのもみぢ よそにても見む
あききりは けさはなたちそ さほやまの ははそのもみち よそにてもみむ
読人知らず秋歌下
267佐保山の ははその色は 薄けれど 秋は深くも なりにけるかな
さほやまの ははそのいろは うすけれと あきはふかくも なりにけるかな
坂上是則秋歌下
268植ゑし植ゑば 秋なき時や 咲かざらむ 花こそ散らめ 根さへ枯れめや
うゑしうゑは あきなきときや さかさらむ はなこそちらめ ねさへかれめや
在原業平秋歌下
269久方の 雲の上にて 見る菊は 天つ星とぞ あやまたれける
ひさかたの くものうへにて みるきくは あまつほしとそ あやまたれける
藤原敏行秋歌下
270露ながら 折りてかざさむ 菊の花 老いせぬ秋の 久しかるべく
つゆなから をりてかささむ きくのはな おいせぬあきの ひさしかるへく
紀友則秋歌下
271植ゑし時 花待ちどほに ありし菊 うつろふ秋に あはむとや見し
うゑしとき はなまちとほに ありしきく うつろふあきに あはむとやみし
大江千里秋歌下
272秋風の 吹き上げに立てる 白菊は 花かあらぬか 浪のよするか
あきかせの ふきあけにたてる しらきくは はなかあらぬか なみのよするか
菅原朝臣秋歌下
273濡れてほす 山路の菊の 露の間に いつか千歳を 我はへにけむ
ぬれてほす やまちのきくの つゆのまに いつかちとせを われはへにけむ
素性法師秋歌下
274花見つつ 人待つ時は 白妙の 袖かとのみぞ あやまたれける
はなみつつ ひとまつときは しろたへの そてかとのみそ あやまたれける
紀友則秋歌下
275ひともとと 思ひし菊を 大沢の 池の底にも 誰か植ゑけむ
ひともとと おもひしきくを おほさはの いけのそこにも たれかうゑけむ
紀友則秋歌下
276秋の菊 匂ふかぎりは かざしてむ 花より先と 知らぬ我が身を
あきのきく にほふかきりは かさしてむ はなよりさきと しらぬわかみを
紀貫之秋歌下
277心あてに 折らばや折らむ 初霜の 置き惑はせる 白菊の花
こころあてに をらはやをらむ はつしもの おきまとはせる しらきくのはな
#百人一首
凡河内躬恒秋歌下
278色かはる 秋の菊をば ひととせに ふたたび匂ふ 花とこそ見れ
いろかはる あきのきくをは ひととせに ふたたひにほふ はなとこそみれ
読人知らず秋歌下
279秋をおきて 時こそありけれ 菊の花 うつろふからに 色のまされば
あきをおきて ときこそありけれ きくのはな うつろふからに いろのまされは
平貞文秋歌下
280咲きそめし 宿しかはれば 菊の花 色さへにこそ うつろひにけれ
さきそめし やとしかはれは きくのはな いろさへにこそ うつろひにけれ
紀貫之秋歌下
281佐保山の ははそのもみぢ 散りぬべみ 夜さへ見よと 照らす月影
さほやまの ははそのもみち ちりぬへみ よるさへみよと てらすつきかけ
読人知らず秋歌下
282奥山の いはがきもみぢ 散りぬべし 照る日の光 見る時なくて
おくやまの いはかきもみち ちりぬへし てるひのひかり みるときなくて
藤原関雄秋歌下
283竜田川 もみぢ乱れて 流るめり 渡らば錦 中や絶えなむ
たつたかは もみちみたれて なかるめり わたらはにしき なかやたえなむ
読人知らず秋歌下
284竜田川 もみぢ葉流る 神なびの みむろの山に 時雨降るらし
たつたかは もみちはなかる かみなひの みむろのやまに しくれふるらし
読人知らず秋歌下
285恋しくは 見てもしのばむ もみぢ葉を 吹きな散らしそ 山おろしの風
こひしくは みてもしのはむ もみちはを ふきなちらしそ やまおろしのかせ
読人知らず秋歌下
286秋風に あへず散りぬる もみぢ葉の ゆくへさだめぬ 我ぞかなしき
あきかせに あへすちりぬる もみちはの ゆくへさためぬ われそかなしき
読人知らず秋歌下
287秋は来ぬ 紅葉は宿に 降りしきぬ 道踏みわけて とふ人はなし
あきはきぬ もみちはやとに ふりしきぬ みちふみわけて とふひとはなし
読人知らず秋歌下
288踏みわけて さらにやとはむ もみぢ葉の 降り隠してし 道と見ながら
ふみわけて さらにやとはむ もみちはの ふりかくしてし みちとみなから
読人知らず秋歌下
289秋の月 山辺さやかに 照らせるは 落つるもみぢの 数を見よとか
あきのつき やまへさやかに てらせるは おつるもみちの かすをみよとか
読人知らず秋歌下
290吹く風の 色のちぐさに 見えつるは 秋の木の葉の 散ればなりけり
ふくかせの いろのちくさに みえつるは あきのこのはの ちれはなりけり
読人知らず秋歌下
291霜のたて 露のぬきこそ 弱からし 山の錦の おればかつ散る
しものたて つゆのぬきこそ よわからし やまのにしきの おれはかつちる
藤原関雄秋歌下
292わび人の わきて立ち寄る 木のもとは たのむかげなく もみぢ散りけり
わひひとの わきてたちよる このもとは たのむかけなく もみちちりけり
僧正遍照秋歌下
293もみぢ葉の 流れてとまる みなとには 紅深き 浪や立つらむ
もみちはの なかれてとまる みなとには くれなゐふかき なみやたつらむ
素性法師秋歌下
294ちはやぶる 神世もきかず 竜田川 唐紅に 水くくるとは
ちはやふる かみよもきかす たつたかは からくれなゐに みつくくるとは
#百人一首
在原業平秋歌下
295我がきつる 方も知られず くらぶ山 木ぎの木の葉の 散るとまがふに
わかきつる かたもしられす くらふやま ききのこのはの ちるとまかふに
藤原敏行秋歌下
296神なびの みむろの山を 秋ゆけば 錦たちきる 心地こそすれ
かみなひの みむろのやまを あきゆけは にしきたちきる ここちこそすれ
壬生忠岑秋歌下
297見る人も なくて散りぬる 奥山の 紅葉は夜の 錦なりけり
みるひとも なくてちりぬる おくやまの もみちはよるの にしきなりけり
紀貫之秋歌下
298竜田姫 たむくる神の あればこそ 秋の木の葉の ぬさと散るらめ
たつたひめ たむくるかみの あれはこそ あきのこのはの ぬさとちるらめ
兼覧王秋歌下
299秋の山 紅葉をぬさと たむくれば 住む我さへぞ 旅心地する
あきのやま もみちをぬさと たむくれは すむわれさへそ たひここちする
紀貫之秋歌下
300神なびの 山をすぎ行く 秋なれば 竜田川にぞ ぬさはたむくる
かみなひの やまをすきゆく あきなれは たつたかはにそ ぬさはたむくる
清原深養父秋歌下
301白浪に 秋の木の葉の 浮かべるを 海人の流せる 舟かとぞ見る
しらなみに あきのこのはの うかへるを あまのなかせる ふねかとそみる
藤原興風秋歌下
302もみぢ葉の 流れざりせば 竜田川 水の秋をば 誰か知らまし
もみちはの なかれさりせは たつたかは みつのあきをは たれかしらまし
坂上是則秋歌下
303山川に 風のかけたる しがらみは 流れもあへぬ 紅葉なりけり
やまかはに かせのかけたる しからみは なかれもあへぬ もみちなりけり
#百人一首
春道列樹秋歌下
304風吹けば 落つるもみぢ葉 水清み 散らぬ影さへ 底に見えつつ
かせふけは おつるもみちは みつきよみ ちらぬかけさへ そこにみえつつ
凡河内躬恒秋歌下
305立ち止まり 見てをわたらむ もみぢ葉は 雨と降るとも 水はまさらじ
たちとまり みてをわたらむ もみちはは あめとふるとも みつはまさらし
凡河内躬恒秋歌下
306山田もる 秋のかりいほに 置く露は いなおほせ鳥の 涙なりけり
やまたもる あきのかりいほに おくつゆは いなおほせとりの なみたなりけり
壬生忠岑秋歌下
307穂にもいでぬ 山田をもると 藤衣 稲葉の露に 濡れぬ日ぞなき
ほにもいてぬ やまたをもると ふちころも いなはのつゆに ぬれぬひそなき
読人知らず秋歌下
308刈れる田に おふるひつちの 穂にいでぬは 世を今さらに あきはてぬとか
かれるたに おふるひつちの ほにいてぬは よをいまさらに あきはてぬとか
読人知らず秋歌下
309もみぢ葉は 袖にこき入れて もていでなむ 秋はかぎりと 見む人のため
もみちはは そてにこきいれて もていてなむ あきはかきりと みむひとのため
素性法師秋歌下
310み山より 落ちくる水の 色見てぞ 秋はかぎりと 思ひ知りぬる
みやまより おちくるみつの いろみてそ あきはかきりと おもひしりぬる
藤原興風秋歌下
311年ごとに もみぢ葉流す 竜田川 みなとや秋の とまりなるらむ
としことに もみちはなかす たつたかは みなとやあきの とまりなるらむ
紀貫之秋歌下
312夕月夜 小倉の山に 鳴く鹿の 声の内にや 秋は暮るらむ
ゆふつくよ をくらのやまに なくしかの こゑのうちにや あきはくるらむ
紀貫之秋歌下
313道知らば たづねもゆかむ もみぢ葉を ぬさとたむけて 秋はいにけり
みちしらは たつねもゆかむ もみちはを ぬさとたむけて あきはいにけり
凡河内躬恒秋歌下
314竜田川 錦おりかく 神無月 時雨の雨を たてぬきにして
たつたかは にしきおりかく かみなつき しくれのあめを たてぬきにして
読人知らず冬歌
315山里は 冬ぞさびしさ まさりける 人目も草も 枯れぬと思へば
やまさとは ふゆそさひしさ まさりける ひとめもくさも かれぬとおもへは
#百人一首
源宗于冬歌
316大空の 月の光し 清ければ 影見し水ぞ まづこほりける
おほそらの つきのひかりし きよけれは かけみしみつそ まつこほりける
読人知らず冬歌
317夕されば 衣手寒し み吉野の 吉野の山に み雪降るらし
ゆふされは ころもてさむし みよしのの よしののやまに みゆきふるらし
読人知らず冬歌
318今よりは つぎて降らなむ 我が宿の 薄おしなみ 降れる白雪
いまよりは つきてふらなむ わかやとの すすきおしなひ ふれるしらゆき
読人知らず冬歌
319降る雪は かつぞけぬらし あしひきの 山のたぎつ瀬 音まさるなり
ふるゆきは かつそけぬらし あしひきの やまのたきつせ おとまさるなり
読人知らず冬歌
320この川に もみぢ葉流る 奥山の 雪げの水ぞ 今まさるらし
このかはに もみちはなかる おくやまの ゆきけのみつそ いままさるらし
読人知らず冬歌
321ふるさとは 吉野の山し 近ければ ひと日もみ雪 降らぬ日はなし
ふるさとは よしののやまし ちかけれは ひとひもみゆき ふらぬひはなし
読人知らず冬歌
322我が宿は 雪降りしきて 道もなし 踏みわけてとふ 人しなければ
わかやとは ゆきふりしきて みちもなし ふみわけてとふ ひとしなけれは
読人知らず冬歌
323雪降れば 冬ごもりせる 草も木も 春に知られぬ 花ぞ咲きける
ゆきふれは ふゆこもりせる くさもきも はるにしられぬ はなそさきける
紀貫之冬歌
324白雪の ところもわかず 降りしけば 巌にも咲く 花とこそ見れ
しらゆきの ところもわかす ふりしけは いはほにもさく はなとこそみれ
紀秋岑冬歌
325み吉野の 山の白雪 つもるらし ふるさと寒く なりまさるなり
みよしのの やまのしらゆき つもるらし ふるさとさむく なりまさるなり
坂上是則冬歌
326浦近く 降りくる雪は 白浪の 末の松山 越すかとぞ見る
うらちかく ふりくるゆきは しらなみの すゑのまつやま こすかとそみる
藤原興風冬歌
327み吉野の 山の白雪 踏みわけて 入りにし人の おとづれもせぬ
みよしのの やまのしらゆき ふみわけて いりにしひとの おとつれもせぬ
壬生忠岑冬歌
328白雪の 降りてつもれる 山里は 住む人さへや 思ひ消ゆらむ
しらゆきの ふりてつもれる やまさとは すむひとさへや おもひきゆらむ
壬生忠岑冬歌
329雪降りて 人もかよはぬ 道なれや あとはかもなく 思ひ消ゆらむ
ゆきふりて ひともかよはぬ みちなれや あとはかもなく おもひきゆらむ
凡河内躬恒冬歌
330冬ながら 空より花の 散りくるは 雲のあなたは 春にやあるらむ
ふゆなから そらよりはなの ちりくるは くものあなたは はるにやあるらむ
清原深養父冬歌
331冬ごもり 思ひかけぬを 木の間より 花と見るまで 雪ぞ降りける
ふゆこもり おもひかけぬを このまより はなとみるまて ゆきそふりける
紀貫之冬歌
332朝ぼらけ 有明の月と 見るまでに 吉野の里に 降れる白雪
あさほらけ ありあけのつきと みるまてに よしののさとに ふれるしらゆき
#百人一首
坂上是則冬歌
333消ぬがうへに またも降りしけ 春霞 立ちなばみ雪 まれにこそ見め
けぬかうへに またもふりしけ はるかすみ たちなはみゆき まれにこそみめ
読人知らず冬歌
334梅の花 それとも見えず 久方の あまぎる雪の なべて降れれば
うめのはな それともみえす ひさかたの あまきるゆきの なへてふれれは
読人知らず冬歌
335花の色は 雪にまじりて 見えずとも 香をだに匂へ 人の知るべく
はなのいろは ゆきにましりて みえすとも かをたににほへ ひとのしるへく
小野篁冬歌
336梅の香の 降りおける雪に まがひせば 誰かことごと わきて折らまし
うめのかの ふりおけるゆきに まかひせは たれかことこと わきてをらまし
紀貫之冬歌
337雪降れば 木ごとに花ぞ 咲きにける いづれを梅と わきて折らまし
ゆきふれは きことにはなそ さきにける いつれをうめと わきてをらまし
紀友則冬歌
338我が待たぬ 年はきぬれど 冬草の 枯れにし人は おとづれもせず
わかまたぬ としはきぬれと ふゆくさの かれにしひとは おとつれもせす
凡河内躬恒冬歌
339あらたまの 年の終りに なるごとに 雪も我が身も ふりまさりつつ
あらたまの としのをはりに なることに ゆきもわかみも ふりまさりつつ
在原元方冬歌
340雪降りて 年の暮れぬる 時にこそ つひにもみぢぬ 松も見えけれ
ゆきふりて としのくれぬる ときにこそ つひにもみちぬ まつもみえけれ
読人知らず冬歌
341昨日と言ひ 今日とくらして 明日香河 流れて早き 月日なりけり
きのふといひ けふとくらして あすかかは なかれてはやき つきひなりけり
春道列樹冬歌
342ゆく年の 惜しくもあるかな ます鏡 見る影さへに くれぬと思へば
ゆくとしの をしくもあるかな ますかかみ みるかけさへに くれぬとおもへは
紀貫之冬歌
343我が君は 千代に八千代に さざれ石の 巌となりて 苔のむすまで
わかきみは ちよにやちよに さされいしの いはほとなりて こけのむすまて
読人知らず賀歌
344わたつみの 浜の真砂を かぞへつつ 君が千歳の あり数にせむ
わたつうみの はまのまさこを かそへつつ きみかちとせの ありかすにせむ
読人知らず賀歌
345しほの山 さしでの磯に 住む千鳥 君が御代をば 八千代とぞ鳴く
しほのやま さしてのいそに すむちとり きみかみよをは やちよとそなく
読人知らず賀歌
346我がよはひ 君が八千代に とりそへて とどめおきては 思ひ出でにせよ
わかよはひ きみかやちよに とりそへて ととめおきては おもひいてにせよ
読人知らず賀歌
347かくしつつ とにもかくにも ながらへて 君が八千代に あふよしもがな
かくしつつ とにもかくにも なからへて きみかやちよに あふよしもかな
仁和帝賀歌
348ちはやぶる 神や切りけむ つくからに 千歳の坂も 越えぬべらなり
ちはやふる かみやきりけむ つくからに ちとせのさかも こえぬへらなり
僧正遍照賀歌
349桜花 散りかひくもれ 老いらくの 来むと言ふなる 道まがふがに
さくらはな ちりかひくもれ おいらくの こむといふなる みちまかふかに
在原業平賀歌
350亀の尾の 山の岩根を とめておつる 滝の白玉 千代の数かも
かめのをの やまのいはねを とめておつる たきのしらたま ちよのかすかも
紀惟岳賀歌
351いたづらに すぐす月日は 思ほえで 花見てくらす 春ぞ少なき
いたつらに すくすつきひは おもほえて はなみてくらす はるそすくなき
藤原興風賀歌
352春くれば 宿にまづ咲く 梅の花 君が千歳の かざしとぞ見る
はるくれは やとにまつさく うめのはな きみかちとせの かさしとそみる
紀貫之賀歌
353いにしへに ありきあらずは 知らねども 千歳のためし 君にはじめむ
いにしへに ありきあらすは しらねとも ちとせのためし きみにはしめむ
素性法師賀歌
354ふして思ひ おきて数ふる 万代は 神ぞ知るらむ 我が君のため
ふしておもひ おきてかそふる よろつよは かみそしるらむ わかきみのため
素性法師賀歌
355鶴亀も 千歳の後は 知らなくに あかぬ心に まかせはててむ
つるかめも ちとせののちは しらなくに あかぬこころに まかせはててむ
在原滋春賀歌
356万代を 松にぞ君を 祝ひつる 千歳のかげに 住まむと思へば
よろつよを まつにそきみを いはひつる ちとせのかけに すまむとおもへは
素性法師賀歌
357春日野に 若菜つみつつ 万代を 祝ふ心は 神ぞ知るらむ
かすかのに わかなつみつつ よろつよを いはふこころは かみそしるらむ
素性法師賀歌
358山高み 雲ゐに見ゆる 桜花 心のゆきて 折らぬ日ぞなき
やまたかみ くもゐにみゆる さくらはな こころのゆきて をらぬひそなき
凡河内躬恒賀歌
359めづらしき 声ならなくに 郭公 ここらの年を あかずもあるかな
めつらしき こゑならなくに ほとときす ここらのとしを あかすもあるかな
紀友則賀歌
360住の江の 松を秋風 吹くからに 声うちそふる 沖つ白浪
すみのえの まつをあきかせ ふくからに こゑうちそふる おきつしらなみ
凡河内躬恒賀歌
361千鳥鳴く 佐保の河霧 立ちぬらし 山の木の葉も 色まさりゆく
ちとりなく さほのかはきり たちぬらし やまのこのはも いろまさりゆく
壬生忠岑賀歌
362秋くれど 色もかはらぬ ときは山 よそのもみぢを 風ぞかしける
あきくれと いろもかはらぬ ときはやま よそのもみちを かせそかしける
読人知らず賀歌
363白雪の 降りしく時は み吉野の 山下風に 花ぞ散りける
しらゆきの ふりしくときは みよしのの やましたかせに はなそちりける
紀貫之賀歌
364峰高き 春日の山に いづる日は 曇る時なく 照らすべらなり
みねたかき かすかのやまに いつるひは くもるときなく てらすへらなり
藤原因香賀歌
365立ち別れ いなばの山の 峰におふる 松とし聞かば 今かへりこむ
たちわかれ いなはのやまの みねにおふる まつとしきかは いまかへりこむ
#百人一首
在原行平離別歌
366すがるなく 秋の萩原 朝たちて 旅行く人を いつとか待たむ
すかるなく あきのはきはら あさたちて たひゆくひとを いつとかまたむ
読人知らず離別歌
367かぎりなき 雲ゐのよそに わかるとも 人を心に おくらさむやは
かきりなき くもゐのよそに わかるとも ひとをこころに おくらさむやは
読人知らず離別歌
368たらちねの 親のまもりと あひそふる 心ばかりは せきなとどめそ
たらちねの おやのまもりと あひそふる こころはかりは せきなととめそ
小野千古母離別歌
369今日別れ 明日はあふみと 思へども 夜やふけぬらむ 袖の露けき
けふわかれ あすはあふみと おもへとも よやふけぬらむ そてのつゆけき
紀利貞離別歌
370かへる山 ありとは聞けど 春霞 立ち別れなば 恋しかるべし
かへるやま ありとはきけと はるかすみ たちわかれなは こひしかるへし
紀利貞離別歌
371惜しむから 恋しきものを 白雲の たちなむのちは なに心地せむ
をしむから こひしきものを しらくもの たちなむのちは なにここちせむ
紀貫之離別歌
372別れては ほどをへだつと 思へばや かつ見ながらに かねて恋しき
わかれては ほとをへたつと おもへはや かつみなからに かねてこひしき
在原滋春離別歌
373思へども 身をしわけねば 目に見えぬ 心を君に たぐへてぞやる
おもへとも みをしわけねは めにみえぬ こころをきみに たくへてそやる
伊香子淳行離別歌
374あふ坂の 関しまさしき ものならば あかず別るる 君をとどめよ
あふさかの せきしまさしき ものならは あかすわかるる きみをととめよ
難波万雄離別歌
375唐衣 たつ日は聞かじ 朝露の 置きてしゆけば けぬべきものを
からころも たつひはきかし あさつゆの おきてしゆけは けぬへきものを
読人知らず離別歌
376朝なげに 見べき君とし たのまねば 思ひたちぬる 草枕なり
あさなけに みへききみとし たのまねは おもひたちぬる くさまくらなり
離別歌
377えぞ知らぬ 今こころみよ 命あらば 我や忘るる 人やとはぬと
えそしらぬ いまこころみよ いのちあらは われやわするる ひとやとはぬと
読人知らず離別歌
378雲ゐにも かよふ心の おくれねば わかると人に 見ゆばかりなり
くもゐにも かよふこころの おくれねは わかるとひとに みゆはかりなり
清原深養父離別歌
379白雲の こなたかなたに 立ち別れ 心をぬさと くだく旅かな
しらくもの こなたかなたに たちわかれ こころをぬさと くたくたひかな
良岑秀崇離別歌
380白雲の 八重にかさなる をちにても 思はむ人に 心へだつな
しらくもの やへにかさなる をちにても おもはむひとに こころへたつな
紀貫之離別歌
381別れてふ ことは色にも あらなくに 心にしみて わびしかるらむ
わかれてふ ことはいろにも あらなくに こころにしみて わひしかるらむ
紀貫之離別歌
382かへる山 なにぞはありて あるかひは きてもとまらぬ 名にこそありけれ
かへるやま なにそはありて あるかひは きてもとまらぬ なにこそありけれ
凡河内躬恒離別歌
383よそにのみ 恋ひや渡らむ 白山の 雪見るべくも あらぬ我が身は
よそにのみ こひやわたらむ しらやまの ゆきみるへくも あらぬわかみは
凡河内躬恒離別歌
384音羽山 こだかく鳴きて 郭公 君が別れを 惜しむべらなり
おとはやま こたかくなきて ほとときす きみかわかれを をしむへらなり
紀貫之離別歌
385もろともに なきてとどめよ きりぎりす 秋の別れは 惜しくやはあらぬ
もろともに なきてととめよ きりきりす あきのわかれは をしくやはあらぬ
藤原兼茂離別歌
386秋霧の 共に立ちいでて 別れなば はれぬ思ひに 恋やわたらむ
あききりの ともにたちいてて わかれなは はれぬおもひに こひやわたらむ
平元規離別歌
387命だに 心にかなふ ものならば なにか別れの かなしからまし
いのちたに こころにかなふ ものならは なにかわかれの かなしからまし
白女離別歌
388人やりの 道ならなくに おほかたは いき憂しといひて いざ帰りなむ
ひとやりの みちならなくに おほかたは いきうしといひて いさかへりなむ
源実離別歌
389したはれて きにし心の 身にしあれば 帰るさまには 道も知られず
したはれて きにしこころの みにしあれは かへるさまには みちもしられす
藤原兼茂離別歌
390かつ越えて 別れもゆくか あふ坂は 人だのめなる 名にこそありけれ
かつこえて わかれもゆくか あふさかは ひとたのめなる なにこそありけれ
紀貫之離別歌
391君がゆく 越の白山 知らねども 雪のまにまに あとはたづねむ
きみかゆく こしのしらやま しらねとも ゆきのまにまに あとはたつねむ
藤原兼輔離別歌
392夕暮れの まがきは山と 見えななむ 夜は越えじと 宿りとるべく
ゆふくれの まかきはやまと みえななむ よるはこえしと やとりとるへく
僧正遍照離別歌
393別れをば 山の桜に まかせてむ とめむとめじは 花のまにまに
わかれをは やまのさくらに まかせてむ とめむとめしは はなのまにまに
幽仙法師離別歌
394山風に 桜吹きまき 乱れなむ 花のまぎれに 君とまるべく
やまかせに さくらふきまき みたれなむ はなのまきれに たちとまるへく
僧正遍照離別歌
395ことならば 君とまるべく 匂はなむ かへすは花の うきにやはあらぬ
ことならは きみとまるへく にほはなむ かへすははなの うきにやはあらぬ
幽仙法師離別歌
396あかずして 別るる涙 滝にそふ 水まさるとや しもは見るらむ
あかすして わかるるなみた たきにそふ みつまさるとや しもはみるらむ
兼芸法師離別歌
397秋萩の 花をば雨に 濡らせども 君をばまして 惜しとこそ思へ
あきはきの はなをはあめに ぬらせとも きみをはまして をしとこそおもへ
紀貫之離別歌
398惜しむらむ 人の心を 知らぬまに 秋の時雨と 身ぞふりにける
をしむらむ ひとのこころを しらぬまに あきのしくれと みそふりにける
兼覧王離別歌
399別るれど うれしくもあるか 今宵より あひ見ぬ先に 何を恋ひまし
わかるれと うれしくもあるか こよひより あひみぬさきに なにをこひまし
凡河内躬恒離別歌
400あかずして 別るる袖の 白玉を 君が形見と つつみてぞ行く
あかすして わかるるそての しらたまを きみかかたみと つつみてそゆく
読人知らず離別歌
401かぎりなく 思ふ涙に そほちぬる 袖はかわかじ あはむ日までに
かきりなく おもふなみたに そほちぬる そてはかわかし あはむひまてに
読人知らず離別歌
402かきくらし ことはふらなむ 春雨に 濡衣きせて 君をとどめむ
かきくらし ことはふらなむ はるさめに ぬれきぬきせて きみをととめむ
読人知らず離別歌
403しひて行く 人をとどめむ 桜花 いづれを道と 惑ふまで散れ
しひてゆく ひとをととめむ さくらはな いつれをみちと まよふまてちれ
読人知らず離別歌
404むすぶ手の しづくに濁る 山の井の あかでも人に 別れぬるかな
むすふての しつくににこる やまのゐの あかてもひとに わかれぬるかな
紀貫之離別歌
405下の帯の 道はかたがた 別るとも 行きめぐりても あはむとぞ思ふ
したのおひの みちはかたかた わかるとも ゆきめくりても あはむとそおもふ
紀友則離別歌
406天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に いでし月かも
あまのはら ふりさけみれは かすかなる みかさのやまに いてしつきかも
#百人一首
安倍仲麻呂羇旅歌
407わたの原 八十島かけて こぎいでぬと 人には告げよ 海人の釣り舟
わたのはら やそしまかけて こきいてぬと ひとにはつけよ あまのつりふね
#百人一首
小野篁羇旅歌
408みやこいでて けふみかの原 いづみ川 川風寒し 衣かせ山
みやこいてて けふみかのはら いつみかは かはかせさむし ころもかせやま
読人知らず羇旅歌
409ほのぼのと 明石の浦の 朝霧に 島隠れ行く 舟をしぞ思ふ
ほのほのと あかしのうらの あさきりに しまかくれゆく ふねをしそおもふ
読人知らず羇旅歌
410唐衣 きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる 旅をしぞ思ふ
からころも きつつなれにし つましあれは はるはるきぬる たひをしそおもふ
在原業平羇旅歌
411名にしおはば いざ言問はむ みやこ鳥 我が思ふ人は ありやなしやと
なにしおはは いさこととはむ みやことり わかおもふひとは ありやなしやと
在原業平羇旅歌
412北へ行く 雁ぞ鳴くなる つれてこし 数はたらでぞ かへるべらなる
きたへゆく かりそなくなる つれてこし かすはたらてそ かへるへらなる
読人知らず羇旅歌
413山かくす 春の霞ぞ うらめしき いづれみやこの さかひなるらむ
やまかくす はるのかすみそ うらめしき いつれみやこの さかひなるらむ
羇旅歌
414消えはつる 時しなければ 越路なる 白山の名は 雪にぞありける
きえはつる ときしなけれは こしちなる しらやまのなは ゆきにそありける
凡河内躬恒羇旅歌
415糸による ものならなくに 別れぢの 心細くも 思ほゆるかな
いとによる ものならなくに わかれちの こころほそくも おもほゆるかな
紀貫之羇旅歌
416夜を寒み 置く初霜を はらひつつ 草の枕に あまた旅寝ぬ
よをさむみ おくはつしもを はらひつつ くさのまくらに あまたたひねぬ
凡河内躬恒羇旅歌
417夕月夜 おぼつかなきを 玉くしげ ふたみのうらは あけてこそ見め
ゆふつくよ おほつかなきを たまくしけ ふたみのうらは あけてこそみめ
藤原兼輔羇旅歌
418かりくらし 七夕つめに 宿からむ 天の河原に 我はきにけり
かりくらし たなはたつめに やとからむ あまのかはらに われはきにけり
在原業平羇旅歌
419ひととせに ひとたびきます 君まてば 宿かす人も あらじとぞ思ふ
ひととせに ひとたひきます きみまては やとかすひとも あらしとそおもふ
紀有常羇旅歌
420このたびは ぬさもとりあへず たむけ山 紅葉の錦 神のまにまに
このたひは ぬさもとりあへす たむけやま もみちのにしき かみのまにまに
#百人一首
菅原朝臣羇旅歌
421たむけには つづりの袖も 切るべきに 紅葉にあける 神やかへさむ
たむけには つつりのそても きるへきに もみちにあける かみやかへさむ
素性法師羇旅歌
422心から 花のしづくに そほちつつ うくひすとのみ 鳥の鳴くらむ
こころから はなのしつくに そほちつつ うくひすとのみ とりのなくらむ
藤原敏行物名
423くべきほど 時すぎぬれや 待ちわびて 鳴くなる声の 人をとよむる
くへきほと ときすきぬれや まちわひて なくなるこゑの ひとをとよむる
藤原敏行物名
424浪の打つ 瀬見れば玉ぞ 乱れける 拾はば袖に はかなからむや
なみのうつ せみれはたまそ みたれける ひろははそてに はかなからむや
在原滋春物名
425袂より はなれて玉を つつまめや これなむそれと うつせ見むかし
たもとより はなれてたまを つつまめや これなむそれと うつせみむかし
壬生忠岑物名
426あなうめに つねなるべくも 見えぬかな 恋しかるべき 香は匂ひつつ
あなうめに つねなるへくも みえぬかな こひしかるへき かはにほひつつ
読人知らず物名
427かづけども 浪のなかには さぐられで 風吹くごとに 浮き沈む玉
かつけとも なみのなかには さくられて かせふくことに うきしつむたま
紀貫之物名
428今いくか 春しなければ うぐひすも ものはながめて 思ふべらなり
いまいくか はるしなけれは うくひすも ものはなかめて おもふへらなり
紀貫之物名
429あふからも ものはなほこそ かなしけれ 別れむことを かねて思へば
あふからも ものはなほこそ かなしけれ わかれむことを かねておもへは
清原深養父物名
430あしひきの 山たちはなれ 行く雲の 宿りさだめぬ 世にこそありけれ
あしひきの やまたちはなれ ゆくくもの やとりさためぬ よにこそありけれ
小野滋蔭物名
431み吉野の 吉野の滝に 浮かびいづる 泡をかたまの 消ゆと見つらむ
みよしのの よしののたきに うかひいつる あわをかたまの きゆとみつらむ
紀友則物名
432秋はきぬ いまやまがきの きりぎりす 夜な夜な鳴かむ 風の寒さに
あきはきぬ いまやまかきの きりきりす よなよななかむ かせのさむさに
読人知らず物名
433かくばかり あふ日のまれに なる人を いかがつらしと 思はざるべき
かくはかり あふひのまれに なるひとを いかかつらしと おもはさるへき
読人知らず物名
434人目ゆゑ のちにあふ日の はるけくは 我がつらきにや 思ひなされむ
ひとめゆゑ のちにあふひの はるけくは わかつらきにや おもひなされむ
読人知らず物名
435散りぬれば のちはあくたに なる花を 思ひ知らずも 惑ふてふかな
ちりぬれは のちはあくたに なるはなを おもひしらすも まとふてふかな
僧正遍照物名
436我はけさ うひにぞ見つる 花の色を あだなるものと 言ふべかりけり
われはけさ うひにそみつる はなのいろを あたなるものと いふへかりけり
紀貫之物名
437白露を 玉にぬくとや ささがにの 花にも葉にも いとをみなへし
しらつゆを たまにぬくやと ささかにの はなにもはにも いとをみなへし
紀友則物名
438朝露を わけそほちつつ 花見むと 今ぞ野山を みなへしりぬる
あさつゆを わけそほちつつ はなみむと いまそのやまを みなへしりぬる
紀友則物名
439をぐら山 峰たちならし 鳴く鹿の へにけむ秋を 知る人ぞなき
をくらやま みねたちならし なくしかの へにけむあきを しるひとそなき
紀貫之物名
440秋ちかう 野はなりにけり 白露の おける草葉も 色かはりゆく
あきちかう のはなりにけり しらつゆの おけるくさはも いろかはりゆく
紀友則物名
441ふりはへて いざふるさとの 花見むと こしを匂ひぞ うつろひにける
ふりはへて いさふるさとの はなみむと こしをにほひそ うつろひにける
読人知らず物名
442我が宿の 花ふみしだく とりうたむ 野はなければや ここにしもくる
わかやとの はなふみしたく とりうたむ のはなけれはや ここにしもくる
紀友則物名
443ありと見て たのむぞかたき 空蝉の 世をばなしとや 思ひなしてむ
ありとみて たのむそかたき うつせみの よをはなしとや おもひなしてむ
読人知らず物名
444うちつけに こしとや花の 色を見む 置く白露の 染むるばかりを
うちつけに こしとやはなの いろをみむ おくしらつゆの そむるはかりを
矢田部名実物名
445花の木に あらざらめども 咲きにけり ふりにしこの身 なる時もがな
はなのきに あらさらめとも さきにけり ふりにしこのみ なるときもかな
文屋康秀物名
446山高み つねに嵐の 吹く里は 匂ひもあへず 花ぞ散りける
やまたかみ つねにあらしの ふくさとは にほひもあへす はなそちりける
紀利貞物名
447郭公 峰の雲にや まじりにし ありとは聞けど 見るよしもなき
ほとときす みねのくもにや ましりにし ありとはきけと みるよしもなき
平篤行物名
448空蝉の 殻は木ごとに とどむれど 魂のゆくへを 見ぬぞかなしき
うつせみの からはきことに ととむれと たまのゆくへを みぬそかなしき
読人知らず物名
449うばたまの 夢になにかは なぐさまむ うつつにだにも あかぬ心を
うはたまの ゆめになにかは なくさまむ うつつにたにも あかぬこころは
清原深養父物名
450花の色は ただひとさかり 濃けれども 返す返すぞ 露は染めける
はなのいろは たたひとさかり こけれとも かへすかへすそ つゆはそめける
高向利春物名
451命とて 露をたのむに かたければ ものわびしらに 鳴く野辺の虫
いのちとて つゆをたのむに かたけれは ものわひしらに なくのへのむし
在原滋春物名
452小夜ふけて なかばたけゆく 久方の 月吹きかへせ 秋の山風
さよふけて なかはたけゆく ひさかたの つきふきかへせ あきのやまかせ
景式王物名
453煙たち もゆとも見えぬ 草の葉を 誰かわらびと 名づけそめけむ
けふりたち もゆともみえぬ くさのはを たれかわらひと なつけそめけむ
真静法師物名
454いささめに 時まつまにぞ 日はへぬる 心ばせをば 人に見えつつ
いささめに ときまつまにそ ひはへぬる こころはせをは ひとにみえつつ
紀乳母物名
455あぢきなし なげきなつめそ うきことに あひくる身をば 捨てぬものから
あちきなし なけきなつめそ うきことに あひくるみをは すてぬものから
兵衛物名
456浪の音の 今朝からことに 聞こゆるは 春のしらべや あらたまるらむ
なみのおとの けさからことに きこゆるは はるのしらへや あらたまるらむ
安倍清行物名
457かぢにあたる 浪のしづくを 春なれば いかが咲き散る 花と見ざらむ
かちにあたる なみのしつくを はるなれは いかかさきちる はなとみさらむ
兼覧王物名
458かの方に いつから先に わたりけむ 浪ぢはあとも 残らざりけり
かのかたに いつからさきに わたりけむ なみちはあとも のこらさりけり
阿保経覧物名
459浪の花 沖から咲きて 散りくめり 水の春とは 風やなるらむ
なみのはな おきからさきて ちりくめり みつのはるとは かせやなるらむ
伊勢物名
460うばたまの 我が黒髪や かはるらむ 鏡のかげに 降れる白雪
うはたまの わかくろかみや かはるらむ かかみのかけに ふれるしらゆき
紀貫之物名
461あしひきの 山辺にをれば 白雲の いかにせよとか 晴るる時なき
あしひきの やまへにをれは しらくもの いかにせよとか はるるときなき
紀貫之物名
462夏草の 上はしげれる 沼水の 行く方のなき 我が心かな
なつくさの うへはしけれる ぬまみつの ゆくかたのなき わかこころかな
壬生忠岑物名
463秋くれば 月の桂の 実やはなる 光を花と 散らすばかりを
あきくれは つきのかつらの みやはなる ひかりをはなと ちらすはかりを
源恵物名
464花ごとに あかず散らしし 風なれば いくそばく我が 憂しとかは思ふ
はなことに あかすちらしし かせなれは いくそはくわか うしとかはおもふ
読人知らず物名
465春霞 なかしかよひぢ なかりせば 秋くる雁は かへらざらまし
はるかすみ なかしかよひち なかりせは あきくるかりは かへらさらまし
在原滋春物名
466流れいづる 方だに見えぬ 涙川 おきひむ時や 底は知られむ
なかれいつる かたたにみえぬ なみたかは おきひむときや そこはしられむ
都良香物名
467のちまきの おくれておふる 苗なれど あだにはならぬ たのみとぞ聞く
のちまきの おくれておふる なへなれと あたにはならぬ たのみとそきく
大江千里物名
468花の中 目にあくやとて わけゆけば 心ぞともに 散りぬべらなる
はなのなか めにあくやとて わけゆけは こころそともに ちりぬへらなる
僧正聖宝物名
469郭公 鳴くや五月の あやめ草 あやめも知らぬ 恋もするかな
ほとときす なくやさつきの あやめくさ あやめもしらぬ こひもするかな
読人知らず十一恋歌一
470音にのみ きくの白露 夜はおきて 昼は思ひに あへずけぬべし
おとにのみ きくのしらつゆ よるはおきて ひるはおもひに あへすけぬへし
素性法師十一恋歌一
471吉野川 岩波高く 行く水の 早くぞ人を 思ひそめてし
よしのかは いはなみたかく ゆくみつの はやくそひとを おもひそめてし
紀貫之十一恋歌一
472白浪の あとなき方に 行く舟も 風ぞたよりの しるべなりける
しらなみの あとなきかたに ゆくふねも かせそたよりの しるへなりける
藤原勝臣十一恋歌一
473音羽山 音に聞きつつ あふ坂の 関のこなたに 年をふるかな
おとはやま おとにききつつ あふさかの せきのこなたに としをふるかな
在原元方十一恋歌一
474立ち返り あはれとぞ思ふ よそにても 人に心を 沖つ白浪
たちかへり あはれとそおもふ よそにても ひとにこころを おきつしらなみ
在原元方十一恋歌一
475世の中は かくこそありけれ 吹く風の 目に見ぬ人も 恋しかりけり
よのなかは かくこそありけれ ふくかせの めにみぬひとも こひしかりけり
紀貫之十一恋歌一
476見ずもあらず 見もせぬ人の 恋しくは あやなく今日や ながめくらさむ
みすもあらす みもせぬひとの こひしくは あやなくけふや なかめくらさむ
在原業平十一恋歌一
477知る知らぬ なにかあやなく わきて言はむ 思ひのみこそ しるべなりけれ
しるしらぬ なにかあやなく わきていはむ おもひのみこそ しるへなりけれ
読人知らず十一恋歌一
478春日野の 雪間をわけて おひいでくる 草のはつかに 見えし君はも
かすかのの ゆきまをわけて おひいてくる くさのはつかに みえしきみはも
壬生忠岑十一恋歌一
479山桜 霞の間より ほのかにも 見てし人こそ 恋しかりけれ
やまさくら かすみのまより ほのかにも みてしひとこそ こひしかりけれ
紀貫之十一恋歌一
480たよりにも あらぬ思ひの あやしきは 心を人に つくるなりけり
たよりにも あらぬおもひの あやしきは こころをひとに つくるなりけり
在原元方十一恋歌一
481初雁の はつかに声を 聞きしより 中空にのみ 物を思ふかな
はつかりの はつかにこゑを ききしより なかそらにのみ ものをおもふかな
凡河内躬恒十一恋歌一
482あふことは 雲ゐはるかに なる神の 音に聞きつつ 恋ひ渡るかな
あふことは くもゐはるかに なるかみの おとにききつつ こひわたるかな
紀貫之十一恋歌一
483片糸を こなたかなたに よりかけて あはずはなにを 玉の緒にせむ
かたいとを こなたかなたに よりかけて あはすはなにを たまのをにせむ
読人知らず十一恋歌一
484夕暮れは 雲のはたてに 物ぞ思ふ 天つ空なる 人を恋ふとて
ゆふくれは くものはたてに ものそおもふ あまつそらなる ひとをこふとて
読人知らず十一恋歌一
485かりこもの 思ひ乱れて 我が恋ふと 妹知るらめや 人しつげずは
かりこもの おもひみたれて わかこふと いもしるらめや ひとしつけすは
読人知らず十一恋歌一
486つれもなき 人をやねたく 白露の 置くとはなげき 寝とはしのばむ
つれもなき ひとをやねたく しらつゆの おくとはなけき ぬとはしのはむ
読人知らず十一恋歌一
487ちはやぶる 賀茂のやしろの ゆふだすき ひと日も君を かけぬ日はなし
ちはやふる かものやしろの ゆふたすき ひとひもきみを かけぬひはなし
読人知らず十一恋歌一
488我が恋は むなしき空に 満ちぬらし 思ひやれども 行く方もなし
わかこひは むなしきそらに みちぬらし おもひやれとも ゆくかたもなし
読人知らず十一恋歌一
489駿河なる 田子の浦浪 立たぬ日は あれども君を 恋ひぬ日ぞなき
するかなる たこのうらなみ たたぬひは あれともきみを こひぬひはなし
読人知らず十一恋歌一
490夕月夜 さすやをかべの 松の葉の いつともわかぬ 恋もするかな
ゆふつくよ さすやをかへの まつのはの いつともわかぬ こひもするかな
読人知らず十一恋歌一
491あしひきの 山下水の 木隠れて たぎつ心を せきぞかねつる
あしひきの やましたみつの こかくれて たきつこころを せきそかねつる
読人知らず十一恋歌一
492吉野川 岩切りとほし 行く水の 音にはたてじ 恋は死ぬとも
よしのかは いはきりとほし ゆくみつの おとにはたてし こひはしぬとも
読人知らず十一恋歌一
493たぎつ瀬の なかにも淀は ありてふを など我が恋の 淵瀬ともなき
たきつせの なかにもよとは ありてふを なとわかこひの ふちせともなき
読人知らず十一恋歌一
494山高み 下ゆく水の 下にのみ 流れて恋ひむ 恋は死ぬとも
やまたかみ したゆくみつの したにのみ なかれてこひむ こひはしぬとも
読人知らず十一恋歌一
495思ひいづる ときはの山の 岩つつじ 言はねばこそあれ 恋しきものを
おもひいつる ときはのやまの いはつつし いはねはこそあれ こひしきものを
読人知らず十一恋歌一
496人知れず 思へば苦し 紅の 末摘花の 色にいでなむ
ひとしれす おもへはくるし くれなゐの すゑつむはなの いろにいてなむ
読人知らず十一恋歌一
497秋の野の 尾花にまじり 咲く花の 色にや恋ひむ あふよしをなみ
あきののの をはなにましり さくはなの いろにやこひむ あふよしをなみ
読人知らず十一恋歌一
498我が園の 梅のほつえに うぐひすの 音に鳴きぬべき 恋もするかな
わかそのの うめのほつえに うくひすの ねになきぬへき こひもするかな
読人知らず十一恋歌一
499あしひきの 山郭公 我がごとや 君に恋ひつつ いねがてにする
あしひきの やまほとときす わかことや きみにこひつつ いねかてにする
読人知らず十一恋歌一
500夏なれば 宿にふすぶる かやり火の いつまで我が身 下もえをせむ
なつなれは やとにふすふる かやりひの いつまてわかみ したもえにせむ
読人知らず十一恋歌一
501恋せじと みたらし川に せしみそぎ 神はうけずぞ なりにけらしも
こひせしと みたらしかはに せしみそき かみはうけすそ なりにけらしも
読人知らず十一恋歌一
502あはれてふ ことだになくは なにをかは 恋の乱れの つかねをにせむ
あはれてふ ことたになくは なにをかは こひのみたれの つかねをにせむ
読人知らず十一恋歌一
503思ふには 忍ぶることぞ 負けにける 色にはいでじと 思ひしものを
おもふには しのふることそ まけにける いろにはいてしと おもひしものを
読人知らず十一恋歌一
504我が恋を 人知るらめや しきたへの 枕のみこそ 知らば知るらめ
わかこひを ひとしるらめや しきたへの まくらのみこそ しらはしるらめ
読人知らず十一恋歌一
505あさぢふの 小野のしの原 しのぶとも 人知るらめや 言ふ人なしに
あさちふの をののしのはら しのふとも ひとしるらめや いふひとなしに
読人知らず十一恋歌一
506人知れぬ 思ひやなぞと 葦垣の まぢかけれども あふよしのなき
ひとしれぬ おもひやなそと あしかきの まちかけれとも あふよしのなき
読人知らず十一恋歌一
507思ふとも 恋ふともあはむ ものなれや ゆふてもたゆく とくる下紐
おもふとも こふともあはむ ものなれや ゆふてもたゆく とくるしたひも
読人知らず十一恋歌一
508いで我を 人なとがめそ おほ舟の ゆたのたゆたに 物思ふころぞ
いてわれを ひとなとかめそ おほふねの ゆたのたゆたに ものおもふころそ
読人知らず十一恋歌一
509伊勢の海に 釣りする海人の うけなれや 心ひとつを 定めかねつる
いせのうみに つりするあまの うけなれや こころひとつを ささめかねつる
読人知らず十一恋歌一
510伊勢の海の 海人の釣り縄 うちはへて くるしとのみや 思ひわたらむ
いせのうみの あまのつりなは うちはへて くるしとのみや おもひわたらむ
読人知らず十一恋歌一
511涙川 なに水上を 尋ねけむ 物思ふ時の 我が身なりけり
なみたかは なにみなかみを たつねけむ ものおもふときの わかみなりけり
読人知らず十一恋歌一
512種しあれば 岩にも松は おひにけり 恋をし恋ひば あはざらめやは
たねしあれは いはにもまつは おひにけり こひをしこひは あはさらめやは
読人知らず十一恋歌一
513朝な朝な 立つ河霧の 空にのみ うきて思ひの ある世なりけり
あさなあさな たつかはきりの そらにのみ うきておもひの あるよなりけり
読人知らず十一恋歌一
514忘らるる 時しなければ あしたづの 思ひ乱れて 音をのみぞ鳴く
わすらるる ときしなけれは あしたつの おもひみたれて ねをのみそなく
読人知らず十一恋歌一
515唐衣 日も夕暮れに なる時は 返す返すぞ 人は恋しき
からころも ひもゆふくれに なるときは かへすかへすそ ひとはこひしき
読人知らず十一恋歌一
516よひよひに 枕さだめむ 方もなし いかに寝し夜か 夢に見えけむ
よひよひに まくらさためむ かたもなし いかにねしよか ゆめにみえけむ
読人知らず十一恋歌一
517恋しきに 命をかふる ものならば 死にはやすくぞ あるべかりける
こひしきに いのちをかふる ものならは しにはやすくそ あるへかりける
読人知らず十一恋歌一
518人の身も ならはしものを あはずして いざこころみむ 恋ひや死ぬると
ひとのみも ならはしものを あはすして いさこころみむ こひやしぬると
読人知らず十一恋歌一
519忍ぶれば 苦しきものを 人知れず 思ふてふこと 誰にかたらむ
しのふれは くるしきものを ひとしれす おもふてふこと たれにかたらむ
読人知らず十一恋歌一
520こむ世にも はやなりななむ 目の前に つれなき人を 昔と思はむ
こむよにも はやなりななむ めのまへに つれなきひとを むかしとおもはむ
読人知らず十一恋歌一
521つれもなき 人を恋ふとて 山彦の 答へするまで なげきつるかな
つれもなき ひとをこふとて やまひこの こたへするまて なけきつるかな
読人知らず十一恋歌一
522行く水に 数かくよりも はかなきは 思はぬ人を 思ふなりけり
ゆくみつに かすかくよりも はかなきは おもはぬひとを おもふなりけり
読人知らず十一恋歌一
523人を思ふ 心は我に あらねばや 身の惑ふだに 知られざるらむ
ひとをおもふ こころはわれに あらねはや みのまよふたに しられさるらむ
読人知らず十一恋歌一
524思ひやる さかひはるかに なりやする 惑ふ夢ぢに あふ人のなき
おもひやる さかひはるかに なりやする まとふゆめちに あふひとのなき
読人知らず十一恋歌一
525夢の内に あひ見むことを たのみつつ くらせる宵は 寝む方もなし
ゆめのうちに あひみむことを たのみつつ くらせるよひは ねむかたもなし
読人知らず十一恋歌一
526恋ひ死ねと するわざならし むばたまの 夜はすがらに 夢に見えつつ
こひしねと するわさならし うはたまの よるはすからに ゆめにみえつつ
読人知らず十一恋歌一
527涙川 枕流るる うきねには 夢もさだかに 見えずぞありける
なみたかは まくらなかるる うきねには ゆめもさたかに みえすそありける
読人知らず十一恋歌一
528恋すれば 我が身は影と なりにけり さりとて人に そはぬものゆゑ
こひすれは わかみはかけと なりにけり さりとてひとに そはぬものゆゑ
読人知らず十一恋歌一
529かがり火に あらぬ我が身の なぞもかく 涙の川に 浮きてもゆらむ
かかりひに あらぬわかみの なそもかく なみたのかはに うきてもゆらむ
読人知らず十一恋歌一
530かがり火の 影となる身の わびしきは ながれて下に もゆるなりけり
かかりひの かけとなるみの わひしきは なかれてしたに もゆるなりけり
読人知らず十一恋歌一
531はやき瀬に みるめおひせば 我が袖の 涙の川に 植ゑましものを
はやきせに みるめおひせは わかそての なみたのかはに うゑましものを
読人知らず十一恋歌一
532沖へにも よらぬ玉藻の 浪の上に 乱れてのみや 恋ひ渡りなむ
おきへにも よらぬたまもの なみのうへに みたれてのみや こひわたりなむ
読人知らず十一恋歌一
533葦鴨の 騒ぐ入江の 白浪の 知らずや人を かく恋ひむとは
あしかもの さわくいりえの しらなみの しらすやひとを かくこひむとは
読人知らず十一恋歌一
534人知れぬ 思ひをつねに するがなる 富士の山こそ 我が身なりけれ
ひとしれぬ おもひをつねに するかなる ふしのやまこそ わかみなりけれ
読人知らず十一恋歌一
535とぶ鳥の 声も聞こえぬ 奥山の 深き心を 人は知らなむ
とふとりの こゑもきこえぬ おくやまの ふかきこころを ひとはしらなむ
読人知らず十一恋歌一
536あふ坂の ゆふつけ鳥も 我がごとく 人や恋しき 音のみ鳴くらむ
あふさかの ゆふつけとりも わかことく ひとやこひしき ねのみなくらむ
読人知らず十一恋歌一
537あふ坂の 関に流るる 岩清水 言はで心に 思ひこそすれ
あふさかの せきになかるる いはしみつ いはてこころに おもひこそすれ
読人知らず十一恋歌一
538浮草の 上はしげれる 淵なれや 深き心を 知る人のなき
うきくさの うへはしけれる ふちなれや ふかきこころを しるひとのなき
読人知らず十一恋歌一
539うちわびて よばはむ声に 山彦の 答へぬ山は あらじとぞ思ふ
うちわひて よははむこゑに やまひこの こたへぬやまは あらしとそおもふ
読人知らず十一恋歌一
540心がへ するものにもが 片恋は 苦しきものと 人に知らせむ
こころかへ するものにもか かたこひは くるしきものと ひとにしらせむ
読人知らず十一恋歌一
541よそにして 恋ふれば苦し 入れ紐の 同じ心に いざ結びてむ
よそにして こふれはくるし いれひもの おなしこころに いさむすひてむ
読人知らず十一恋歌一
542春たてば 消ゆる氷の 残りなく 君が心は 我にとけなむ
はるたては きゆるこほりの のこりなく きみかこころは われにとけなむ
読人知らず十一恋歌一
543明けたてば 蝉のをりはへ なきくらし 夜は蛍の もえこそわたれ
あけたては せみのをりはへ なきくらし よるはほたるの もえこそわたれ
読人知らず十一恋歌一
544夏虫の 身をいたづらに なすことも ひとつ思ひに よりてなりけり
なつむしの みをいたつらに なすことも ひとつおもひに よりてなりけり
読人知らず十一恋歌一
545夕されば いとどひがたき 我が袖に 秋の露さへ 置きそはりつつ
ゆふくれは いととひかたき わかそてに あきのつゆさへ おきそはりつつ
読人知らず十一恋歌一
546いつとても 恋しからずは あらねども 秋の夕べは あやしかりけり
いつとても こひしからすは あらねとも あきのゆふへは あやしかりけり
読人知らず十一恋歌一
547秋の田の 穂にこそ人を 恋ひざらめ などか心に 忘れしもせむ
あきのたの ほにこそひとを こひさらめ なとかこころに わすれしもせむ
読人知らず十一恋歌一
548秋の田の 穂の上を照らす 稲妻の 光の間にも 我や忘るる
あきのたの ほのうへをてらす いなつまの ひかりのまにも われやわするる
読人知らず十一恋歌一
549人目もる 我かはあやな 花薄 などか穂にいでて 恋ひずしもあらむ
ひとめもる われかはあやな はなすすき なとかほにいてて こひすしもあらむ
読人知らず十一恋歌一
550淡雪の たまればかてに くだけつつ 我が物思ひの しげきころかな
あはゆきの たまれはかてに くたけつつ わかものおもひの しけきころかな
読人知らず十一恋歌一
551奥山の 菅の根しのぎ 降る雪の けぬとか言はむ 恋のしげきに
おくやまの すかのねしのき ふるゆきの けぬとかいはむ こひのしけきに
読人知らず十一恋歌一
552思ひつつ 寝ればや人の 見えつらむ 夢と知りせば 覚めざらましを
おもひつつ ぬれはやひとの みえつらむ ゆめとしりせは さめさらましを
小野小町十二恋歌二
553うたたねに 恋しき人を 見てしより 夢てふものは たのみそめてき
うたたねに こひしきひとを みてしより ゆめてふものは たのみそめてき
小野小町十二恋歌二
554いとせめて 恋しき時は むばたまの 夜の衣を 返してぞきる
いとせめて こひしきときは うはたまの よるのころもを かへしてそきる
小野小町十二恋歌二
555秋風の 身に寒ければ つれもなき 人をぞたのむ 暮るる夜ごとに
あきかせの みにさむけれは つれもなき ひとをそたのむ くるるよことに
素性法師十二恋歌二
556つつめども 袖にたまらぬ 白玉は 人を見ぬ目の 涙なりけり
つつめとも そてにたまらぬ しらたまは ひとをみぬめの なみたなりけり
安倍清行十二恋歌二
557おろかなる 涙ぞ袖に 玉はなす 我はせきあへず たぎつ瀬なれば
おろかなる なみたそそてに たまはなす われはせきあへす たきつせなれは
小野小町十二恋歌二
558恋わびて うちぬるなかに 行きかよふ 夢のただぢは うつつならなむ
こひわひて うちぬるなかに ゆきかよふ ゆめのたたちは うつつならなむ
藤原敏行十二恋歌二
559住の江の 岸による浪 よるさへや 夢のかよひぢ 人目よぐらむ
すみのえの きしによるなみ よるさへや ゆめのかよひち ひとめよくらむ
#百人一首
藤原敏行十二恋歌二
560我が恋は み山隠れの 草なれや しげさまされど 知る人のなき
わかこひは みやまかくれの くさなれや しけさまされと しるひとのなき
小野美材十二恋歌二
561宵の間も はかなく見ゆる 夏虫に 惑ひまされる 恋もするかな
よひのまも はかなくみゆる なつむしに まよひまされる こひもするかな
紀友則十二恋歌二
562夕されば 蛍よりけに もゆれども 光見ねばや 人のつれなき
ゆふされは ほたるよりけに もゆれとも ひかりみねはや ひとのつれなき
紀友則十二恋歌二
563笹の葉に 置く霜よりも ひとり寝る 我が衣手ぞ さえまさりける
ささのはに おくしもよりも ひとりぬる わかころもてそ さえまさりける
紀友則十二恋歌二
564我が宿の 菊の垣根に 置く霜の 消えかへりてぞ 恋しかりける
わかやとの きくのかきねに おくしもの きえかへりてそ こひしかりける
紀友則十二恋歌二
565川の瀬に なびく玉藻の み隠れて 人に知られぬ 恋もするかな
かはのせに なひくたまもの みかくれて ひとにしられぬ こひもするかな
紀友則十二恋歌二
566かきくらし 降る白雪の 下ぎえに 消えて物思ふ ころにもあるかな
かきくらし ふるしらゆきの したきえに きえてものおもふ ころにもあるかな
壬生忠岑十二恋歌二
567君恋ふる 涙の床に 満ちぬれば みをつくしとぞ 我はなりぬる
きみこふる なみたのとこに みちぬれは みをつくしとそ われはなりぬる
藤原興風十二恋歌二
568死ぬる命 生きもやすると こころみに 玉の緒ばかり あはむと言はなむ
しぬるいのち いきもやすると こころみに たまのをはかり あはむといはなむ
藤原興風十二恋歌二
569わびぬれば しひて忘れむと 思へども 夢と言ふものぞ 人だのめなる
わひぬれは しひてわすれむと おもへとも ゆめといふものそ ひとたのめなる
藤原興風十二恋歌二
570わりなくも 寝ても覚めても 恋しきか 心をいづち やらば忘れむ
わりなくも ねてもさめても こひしきか こころをいつち やらはわすれむ
読人知らず十二恋歌二
571恋しきに わびてたましひ 惑ひなば むなしき殻の 名にや残らむ
こひしきに わひてたましひ まよひなは むなしきからの なにやのこらむ
読人知らず十二恋歌二
572君恋ふる 涙しなくは 唐衣 胸のあたりは 色もえなまし
きみこふる なみたしなくは からころも むねのあたりは いろもえなまし
紀貫之十二恋歌二
573世とともに 流れてぞ行く 涙川 冬もこほらぬ みなわなりけり
よとともに なかれてそゆく なみたかは ふゆもこほらぬ みなわなりけり
紀貫之十二恋歌二
574夢ぢにも 露や置くらむ 夜もすがら かよへる袖の ひちてかわかぬ
ゆめちにも つゆやおくらむ よもすから かよへるそての ひちてかわかぬ
紀貫之十二恋歌二
575はかなくて 夢にも人を 見つる夜は あしたの床ぞ 起きうかりける
はかなくて ゆめにもひとを みつるよは あしたのとこそ おきうかりける
素性法師十二恋歌二
576いつはりの 涙なりせば 唐衣 しのびに袖は しぼらざらまし
いつはりの なみたなりせは からころも しのひにそては しほらさらまし
藤原忠房十二恋歌二
577ねになきて ひちにしかども 春雨に 濡れにし袖と とはば答へむ
ねになきて ひちにしかとも はるさめに ぬれにしそてと とははこたへむ
大江千里十二恋歌二
578我がごとく ものやかなしき 郭公 時ぞともなく 夜ただ鳴くらむ
わかことく ものやかなしき ほとときす ときそともなく よたたなくらむ
藤原敏行十二恋歌二
579五月山 梢を高み 郭公 鳴く音空なる 恋もするかな
さつきやま こすゑをたかみ ほとときす なくねそらなる こひもするかな
紀貫之十二恋歌二
580秋霧の 晴るる時なき 心には たちゐの空も 思ほえなくに
あききりの はるるときなき こころには たちゐのそらも おもほえなくに
凡河内躬恒十二恋歌二
581虫のごと 声にたてては なかねども 涙のみこそ 下に流るれ
むしのこと こゑにたてては なかねとも なみたのみこそ したになかるれ
清原深養父十二恋歌二
582秋なれば 山とよむまで 鳴く鹿に 我おとらめや ひとり寝る夜は
あきなれは やまとよむまて なくしかに われおとらめや ひとりぬるよは
読人知らず十二恋歌二
583秋の野に 乱れて咲ける 花の色の ちぐさに物を 思ふころかな
あきののに みたれてさける はなのいろの ちくさにものを おもふころかな
紀貫之十二恋歌二
584ひとりして 物を思へば 秋の夜の 稲葉のそよと 言ふ人のなき
ひとりして ものをおもへは あきのよの いなはのそよと いふひとのなき
凡河内躬恒十二恋歌二
585人を思ふ 心は雁に あらねども 雲ゐにのみも なき渡るかな
ひとをおもふ こころはかりに あらねとも くもゐにのみも なきわたるかな
清原深養父十二恋歌二
586秋風に かきなす琴の 声にさへ はかなく人の 恋しかるらむ
あきかせに かきなすことの こゑにさへ はかなくひとの こひしかるらむ
壬生忠岑十二恋歌二
587まこも刈る 淀の沢水 雨降れば 常よりことに まさる我が恋
まこもかる よとのさはみつ あめふれは つねよりことに まさるわかこひ
紀貫之十二恋歌二
588越えぬ間は 吉野の山の 桜花 人づてにのみ 聞き渡るかな
こえぬまは よしののやまの さくらはな ひとつてにのみ ききわたるかな
紀貫之十二恋歌二
589露ならぬ 心を花に 置きそめて 風吹くごとに 物思ひぞつく
つゆならぬ こころをはなに おきそめて かせふくことに ものおもひそつく
紀貫之十二恋歌二
590我が恋に くらぶの山の 桜花 間なく散るとも 数はまさらじ
わかこひに くらふのやまの さくらはな まなくちるとも かすはまさらし
坂上是則十二恋歌二
591冬川の 上はこほれる 我なれや 下に流れて 恋ひ渡るらむ
ふゆかはの うへはこほれる われなれや したになかれて こひわたるらむ
宗岳大頼十二恋歌二
592たぎつ瀬に 根ざしとどめぬ 浮草の 浮きたる恋も 我はするかな
たきつせに ねさしととめぬ うきくさの うきたるこひも われはするかな
壬生忠岑十二恋歌二
593よひよひに 脱ぎて我が寝る かり衣 かけて思はぬ 時の間もなし
よひよひに ぬきてわかぬる かりころも かけておもはぬ ときのまもなし
紀友則十二恋歌二
594東ぢの 小夜の中山 なかなかに なにしか人を 思ひそめけむ
あつまちの さやのなかやま なかなかに なにしかひとを おもひそめけむ
紀友則十二恋歌二
595しきたへの 枕の下に 海はあれど 人をみるめは おひずぞありける
しきたへの まくらのしたに うみはあれと ひとをみるめは おひすそありける
紀友則十二恋歌二
596年をへて 消えぬ思ひは ありながら 夜の袂は なほこほりけり
としをへて きえぬおもひは ありなから よるのたもとは なほこほりけり
紀友則十二恋歌二
597我が恋は 知らぬ山ぢに あらなくに 惑ふ心ぞ わびしかりける
わかこひは しらぬやまちに あらなくに まよふこころそ わひしかりける
紀貫之十二恋歌二
598紅の ふりいでつつ なく涙には 袂のみこそ 色まさりけれ
くれなゐの ふりいてつつなく なみたには たもとのみこそ いろまさりけれ
紀貫之十二恋歌二
599白玉と 見えし涙も 年ふれば 唐紅に うつろひにけり
しらたまと みえしなみたも としふれは からくれなゐに うつろひにけり
紀貫之十二恋歌二
600夏虫を 何か言ひけむ 心から 我も思ひに もえぬべらなり
なつむしを なにかいひけむ こころから われもおもひに もえぬへらなり
凡河内躬恒十二恋歌二
601風吹けば 峰にわかるる 白雲の 絶えてつれなき 君が心か
かせふけは みねにわかるる しらくもの たえてつれなき きみかこころか
壬生忠岑十二恋歌二
602月影に 我が身をかふる ものならば つれなき人も あはれとや見む
つきかけに わかみをかふる ものならは つれなきひとも あはれとやみむ
壬生忠岑十二恋歌二
603恋ひ死なば たが名はたたじ 世の中の 常なきものと 言ひはなすとも
こひしなは たかなはたたし よのなかの つねなきものと いひはなすとも
清原深養父十二恋歌二
604津の国の 難波の葦の 芽もはるに しげき我が恋 人知るらめや
つのくにの なにはのあしの めもはるに しけきわかこひ ひとしるらめや
紀貫之十二恋歌二
605手もふれで 月日へにける 白真弓 おきふし夜は いこそ寝られね
てもふれて つきひへにける しらまゆみ おきふしよるは いこそねられね
紀貫之十二恋歌二
606人知れぬ 思ひのみこそ わびしけれ 我がなげきをば 我のみぞ知る
ひとしれぬ おもひのみこそ わひしけれ わかなけきをは われのみそしる
紀貫之十二恋歌二
607ことにいでて 言はぬばかりぞ みなせ川 下にかよひて 恋しきものを
ことにいてて いはぬはかりそ みなせかは したにかよひて こひしきものを
紀友則十二恋歌二
608君をのみ 思ひねに寝し 夢なれば 我が心から 見つるなりけり
きみをのみ おもひねにねし ゆめなれは わかこころから みつるなりけり
凡河内躬恒十二恋歌二
609命にも まさりて惜しく あるものは 見はてぬ夢の さむるなりけり
いのちにも まさりてをしく あるものは みはてぬゆめの さむるなりけり
壬生忠岑十二恋歌二
610梓弓 ひけば本末 我が方に よるこそまされ 恋の心は
あつさゆみ ひけはもとすゑ わかかたに よるこそまされ こひのこころは
春道列樹十二恋歌二
611我が恋は ゆくへも知らず はてもなし あふをかぎりと 思ふばかりぞ
わかこひは ゆくへもしらす はてもなし あふをかきりと おもふはかりそ
凡河内躬恒十二恋歌二
612我のみぞ かなしかりける 彦星も あはですぐせる 年しなければ
われのみそ かなしかりける ひこほしも あはてすくせる とししなけれは
凡河内躬恒十二恋歌二
613今ははや 恋ひ死なましを あひ見むと たのめしことぞ 命なりける
いまははや こひしなましを あひみむと たのめしことそ いのちなりける
清原深養父十二恋歌二
614たのめつつ あはで年ふる いつはりに こりぬ心を 人は知らなむ
たのめつつ あはてとしふる いつはりに こりぬこころを ひとはしらなむ
凡河内躬恒十二恋歌二
615命やは なにぞは露の あだものを あふにしかへば 惜しからなくに
いのちやは なにそはつゆの あたものを あふにしかへは をしからなくに
紀友則十二恋歌二
616起きもせず 寝もせで夜を 明かしては 春のものとて ながめくらしつ
おきもせす ねもせてよるを あかしては はるのものとて なかめくらしつ
在原業平十三恋歌三
617つれづれの ながめにまさる 涙川 袖のみ濡れて あふよしもなし
つれつれの なかめにまさる なみたかは そてのみぬれて あふよしもなし
藤原敏行十三恋歌三
618浅みこそ 袖はひつらめ 涙川 身さへ流ると 聞かばたのまむ
あさみこそ そてはひつらめ なみたかは みさへなかると きかはたのまむ
在原業平十三恋歌三
619よるべなみ 身をこそ遠く へだてつれ 心は君が 影となりにき
よるへなみ みをこそとほく へたてつれ こころはきみか かけとなりにき
読人知らず十三恋歌三
620いたづらに 行きてはきぬる ものゆゑに 見まくほしさに いざなはれつつ
いたつらに ゆきてはきぬる ものゆゑに みまくほしさに いさなはれつつ
読人知らず十三恋歌三
621あはぬ夜の 降る白雪と つもりなば 我さへともに けぬべきものを
あはぬよの ふるしらゆきと つもりなは われさへともに けぬへきものを
読人知らず十三恋歌三
622秋の野に 笹わけし朝の 袖よりも あはでこし夜ぞ ひちまさりける
あきののに ささわけしあさの そてよりも あはてこしよそ ひちまさりける
在原業平十三恋歌三
623みるめなき 我が身を浦と 知らねばや かれなで海人の 足たゆくくる
みるめなき わかみをうらと しらねはや かれなてあまの あしたゆくくる
小野小町十三恋歌三
624あはずして 今宵明けなば 春の日の 長くや人を つらしと思はむ
あはすして こよひあけなは はるのひの なかくやひとを つらしとおもはむ
源宗于十三恋歌三
625有明の つれなく見えし 別れより 暁ばかり 憂きものはなし
ありあけの つれなくみえし わかれより あかつきはかり うきものはなし
#百人一首
壬生忠岑十三恋歌三
626あふことの なぎさにしよる 浪なれば うらみてのみぞ 立ち返りける
あふことの なきさにしよる なみなれは うらみてのみそ たちかへりける
在原元方十三恋歌三
627かねてより 風に先立つ 浪なれや あふことなきに まだき立つらむ
かねてより かせにさきたつ なみなれや あふことなきに またきたつらむ
読人知らず十三恋歌三
628陸奥に ありと言ふなる 名取川 なき名とりては くるしかりけり
みちのくに ありといふなる なとりかは なきなとりては くるしかりけり
壬生忠岑十三恋歌三
629あやなくて まだきなき名の 竜田川 渡らでやまむ ものならなくに
あやなくて またきなきなの たつたかは わたらてやまむ ものならなくに
御春有輔十三恋歌三
630人はいさ 我はなき名の 惜しければ 昔も今も 知らずとを言はむ
ひとはいさ われはなきなの をしけれは むかしもいまも しらすとをいはむ
在原元方十三恋歌三
631こりずまに またもなき名は 立ちぬべし 人にくからぬ 世にしすまへば
こりすまに またもなきなは たちぬへし ひとにくからぬ よにしすまへは
読人知らず十三恋歌三
632人知れぬ 我がかよひぢの 関守は よひよひごとに うちも寝ななむ
ひとしれぬ わかかよひちの せきもりは よひよひことに うちもねななむ
在原業平十三恋歌三
633しのぶれど 恋しき時は あしひきの 山より月の いでてこそくれ
しのふれと こひしきときは あしひきの やまよりつきの いててこそくれ
紀貫之十三恋歌三
634恋ひ恋ひて まれに今宵ぞ あふ坂の ゆふつけ鳥は 鳴かずもあらなむ
こひこひて まれにこよひそ あふさかの ゆふつけとりは なかすもあらなむ
読人知らず十三恋歌三
635秋の夜も 名のみなりけり あふと言へば ことぞともなく 明けぬるものを
あきのよも なのみなりけり あふといへは ことそともなく あけぬるものを
小野小町十三恋歌三
636長しとも 思ひぞはてぬ 昔より あふ人からの 秋の夜なれば
なかしとも おもひそはてぬ むかしより あふひとからの あきのよなれは
凡河内躬恒十三恋歌三
637しののめの ほがらほがらと 明けゆけば おのがきぬぎぬ なるぞかなしき
しののめの ほからほからと あけゆけは おのかきぬきぬ なるそかなしき
読人知らず十三恋歌三
638明けぬとて いまはの心 つくからに など言ひ知らぬ 思ひそふらむ
あけぬとて いまはのこころ つくからに なといひしらぬ おもひそふらむ
藤原国経十三恋歌三
639明けぬとて かへる道には こきたれて 雨も涙も 降りそほちつつ
あけぬとて かへるみちには こきたれて あめもなみたも ふりそほちつつ
藤原敏行十三恋歌三
640しののめの 別れを惜しみ 我ぞまづ 鳥より先に なきはじめつる
しののめの わかれををしみ われそまつ とりよりさきに なきはしめつる
十三恋歌三
641郭公 夢かうつつか 朝露の おきて別れし 暁の声
ほとときす ゆめかうつつか あさつゆの おきてわかれし あかつきのこゑ
読人知らず十三恋歌三
642玉くしげ あけば君が名 立ちぬべみ 夜深くこしを 人見けむかも
たまくしけ あけはきみかな たちぬへみ よふかくこしを ひとみけむかも
読人知らず十三恋歌三
643今朝はしも おきけむ方も 知らざりつ 思ひいづるぞ 消えてかなしき
けさはしも おきけむかたも しらさりつ おもひいつるそ きえてかなしき
大江千里十三恋歌三
644寝ぬる夜の 夢をはかなみ まどろめば いやはかなにも なりまさるかな
ねぬるよの ゆめをはかなみ まとろめは いやはかなにも なりまさるかな
在原業平十三恋歌三
645君やこし 我や行きけむ 思ほえず 夢かうつつか 寝てかさめてか
きみやこし われやゆきけむ おもほえす ゆめかうつつか ねてかさめてか
読人知らず十三恋歌三
646かきくらす 心の闇に 惑ひにき 夢うつつとは 世人さだめよ
かきくらす こころのやみに まよひにき ゆめうつつとは よひとさためよ
在原業平十三恋歌三
647むばたまの 闇のうつつは さだかなる 夢にいくらも まさらざりけり
うはたまの やみのうつつは さたかなる ゆめにいくらも まさらさりけり
読人知らず十三恋歌三
648小夜ふけて 天の門渡る 月影に あかずも君を あひ見つるかな
さよふけて あまのとわたる つきかけに あかすもきみを あひみつるかな
読人知らず十三恋歌三
649君が名も 我が名も立てじ 難波なる みつとも言ふな あひきとも言はじ
きみかなも わかなもたてし なにはなる みつともいふな あひきともいはし
読人知らず十三恋歌三
650名取川 瀬ぜのむもれ木 あらはれば いかにせむとか あひ見そめけむ
なとりかは せせのうもれき あらはれは いかにせむとか あひみそめけむ
読人知らず十三恋歌三
651吉野川 水の心は はやくとも 滝の音には 立てじとぞ思ふ
よしのかは みつのこころは はやくとも たきのおとには たてしとそおもふ
読人知らず十三恋歌三
652恋しくは したにを思へ 紫の ねずりの衣 色にいづなゆめ
こひしくは したにをおもへ むらさきの ねすりのころも いろにいつなゆめ
読人知らず十三恋歌三
653花薄 穂にいでて恋ひば 名を惜しみ 下ゆふ紐の むすぼほれつつ
はなすすき ほにいててこひは なををしみ したゆふひもの むすほほれつつ
小野春風十三恋歌三
654おもふどち ひとりひとりが 恋ひ死なば 誰によそへて 藤衣着む
おもふとち ひとりひとりか こひしなは たれによそへて ふちころもきむ
読人知らず十三恋歌三
655泣き恋ふる 涙に袖の そほちなば 脱ぎかへがてら 夜こそはきめ
なきこふる なみたにそての そほちなは ぬきかへかてら よるこそはきめ
橘清樹十三恋歌三
656うつつには さもこそあらめ 夢にさへ 人目をもると 見るがわびしさ
うつつには さもこそあらめ ゆめにさへ ひとめをよくと みるかわひしさ
小野小町十三恋歌三
657かぎりなき 思ひのままに 夜も来む 夢ぢをさへに 人はとがめじ
かきりなき おもひのままに よるもこむ ゆめちをさへに ひとはとかめし
小野小町十三恋歌三
658夢ぢには 足も休めず かよへども うつつにひと目 見しごとはあらず
ゆめちには あしもやすめす かよへとも うつつにひとめ みしことはあらす
小野小町十三恋歌三
659思へども 人目つつみの 高ければ 川と見ながら えこそ渡らね
おもへとも ひとめつつみの たかけれは かはとみなから えこそわたらね
読人知らず十三恋歌三
660たぎつ瀬の はやき心を 何しかも 人目つつみの せきとどむらむ
たきつせの はやきこころを なにしかも ひとめつつみの せきととむらむ
読人知らず十三恋歌三
661紅の 色にはいでじ 隠れ沼の 下にかよひて 恋は死ぬとも
くれなゐの いろにはいてし かくれぬの したにかよひて こひはしぬとも
紀友則十三恋歌三
662冬の池に すむにほ鳥の つれもなく そこにかよふと 人に知らすな
ふゆのいけに すむにほとりの つれもなく そこにかよふと ひとにしらすな
凡河内躬恒十三恋歌三
663笹の葉に 置く初霜の 夜を寒み しみはつくとも 色にいでめや
ささのはに おくはつしもの よをさむみ しみはつくとも いろにいてめや
凡河内躬恒十三恋歌三
664山しなの 音羽の山の 音にだに 人の知るべく 我が恋めかも
やましなの おとはのやまの おとにたに ひとのしるへく わかこひめかも
読人知らず十三恋歌三
665みつ潮の 流れひるまを あひがたみ みるめのうらに よるをこそ待て
みつしほの なかれひるまを あひかたみ みるめのうらに よるをこそまて
清原深養父十三恋歌三
666白川の 知らずともいはじ 底清み 流れて世よに すまむと思へば
しらかはの しらすともいはし そこきよみ なかれてよよに すまむとおもへは
平貞文十三恋歌三
667下にのみ 恋ふれば苦し 玉の緒の 絶えて乱れむ 人なとがめそ
したにのみ こふれはくるし たまのをの たえてみたれむ ひとなとかめそ
紀友則十三恋歌三
668我が恋を しのびかねては あしひきの 山橘の 色にいでぬべし
わかこひを しのひかねては あしひきの やまたちはなの いろにいてぬへし
紀友則十三恋歌三
669おほかたは 我が名もみなと こぎいでなむ 世をうみべたに みるめすくなし
おほかたは わかなもみなと こきいてなむ よをうみへたに みるめすくなし
読人知らず十三恋歌三
670枕より また知る人も なき恋を 涙せきあへず もらしつるかな
まくらより またしるひとも なきこひを なみたせきあへす もらしつるかな
平貞文十三恋歌三
671風吹けば 浪うつ岸の 松なれや ねにあらはれて 泣きぬべらなり
かせふけは なみうつきしの まつなれや ねにあらはれて なきぬへらなり
読人知らず十三恋歌三
672池にすむ 名ををし鳥の 水を浅み かくるとすれど あらはれにけり
いけにすむ なををしとりの みつをあさみ かくるとすれと あらはれにけり
読人知らず十三恋歌三
673あふことは 玉の緒ばかり 名の立つは 吉野の川の たぎつ瀬のごと
あふことは たまのをはかり なのたつは よしののかはの たきつせのこと
読人知らず十三恋歌三
674むら鳥の 立ちにし我が名 いまさらに ことなしぶとも しるしあらめや
むらとりの たちにしわかな いまさらに ことなしむとも しるしあらめや
読人知らず十三恋歌三
675君により 我が名は花に 春霞 野にも山にも 立ち満ちにけり
きみにより わかなははなに はるかすみ のにもやまにも たちみちにけり
読人知らず十三恋歌三
676知ると言へば 枕だにせで 寝しものを 塵ならぬ名の 空に立つらむ
しるといへは まくらたにせて ねしものを ちりならぬなの そらにたつらむ
伊勢十三恋歌三
677陸奥の 安積の沼の 花かつみ かつ見る人に 恋ひや渡らむ
みちのくの あさかのぬまの はなかつみ かつみるひとに こひやわたらむ
読人知らず十四恋歌四
678あひ見ずは 恋しきことも なからまし 音にぞ人を 聞くべかりける
あひみすは こひしきことも なからまし おとにそひとを きくへかりける
読人知らず十四恋歌四
679いそのかみ ふるのなか道 なかなかに 見ずは恋しと 思はましやは
いそのかみ ふるのなかみち なかなかに みすはこひしと おもはましやは
紀貫之十四恋歌四
680君と言へば 見まれ見ずまれ 富士の嶺の めづらしげなく もゆる我が恋
きみてへは みまれみすまれ ふしのねの めつらしけなく もゆるわかこひ
藤原忠行十四恋歌四
681夢にだに 見ゆとは見えじ 朝な朝な 我が面影に はづる身なれば
ゆめにたに みゆとはみえし あさなあさな わかおもかけに はつるみなれは
伊勢十四恋歌四
682石間ゆく 水の白浪 立ち返り かくこそは見め あかずもあるかな
いしまゆく みつのしらなみ たちかへり かくこそはみめ あかすもあるかな
読人知らず十四恋歌四
683伊勢の海人の 朝な夕なに かづくてふ みるめに人を あくよしもがな
いせのあまの あさなゆふなに かつくてふ みるめにひとを あくよしもかな
読人知らず十四恋歌四
684春霞 たなびく山の 桜花 見れどもあかぬ 君にもあるかな
はるかすみ たなひくやまの さくらはな みれともあかぬ きみにもあるかな
紀友則十四恋歌四
685心をぞ わりなきものと 思ひぬる 見るものからや 恋しかるべき
こころをそ わりなきものと おもひぬる みるものからや こひしかるへき
清原深養父十四恋歌四
686枯れはてむ のちをば知らで 夏草の 深くも人の 思ほゆるかな
かれはてむ のちをはしらて なつくさの ふかくもひとの おもほゆるかな
凡河内躬恒十四恋歌四
687飛鳥川 淵は瀬になる 世なりとも 思ひそめてむ 人は忘れじ
あすかかは ふちはせになる よなりとも おもひそめてむ ひとはわすれし
読人知らず十四恋歌四
688思ふてふ 言の葉のみや 秋をへて 色もかはらぬ ものにはあるらむ
おもふてふ ことのはのみや あきをへて いろもかはらぬ ものにはあるらむ
読人知らず十四恋歌四
689さむしろに 衣かたしき 今宵もや 我を待つらむ 宇治の橋姫
さむしろに ころもかたしき こよひもや われをまつらむ うちのはしひめ
読人知らず十四恋歌四
690君やこむ 我やゆかむの いさよひに 真木の板戸も ささず寝にけり
きみやこむ われやゆかむの いさよひに まきのいたとも ささすねにけり
読人知らず十四恋歌四
691今こむと 言ひしばかりに 長月の 有明の月を 待ちいでつるかな
いまこむと いひしはかりに なかつきの ありあけのつきを まちいてつるかな
#百人一首
素性法師十四恋歌四
692月夜よし 夜よしと人に つげやらば こてふににたり 待たずしもあらず
つきよよし よよしとひとに つけやらは こてふににたり またすしもあらす
読人知らず十四恋歌四
693君こずは ねやへもいらじ 濃紫 我がもとゆひに 霜は置くとも
きみこすは ねやへもいらし こむらさき わかもとゆひに しもはおくとも
読人知らず十四恋歌四
694宮城野の もとあらの小萩 露を重み 風を待つごと 君をこそ待て
みやきのの もとあらのこはき つゆをおもみ かせをまつこと きみをこそまて
読人知らず十四恋歌四
695あな恋し 今も見てしか 山がつの かきほにさける 大和撫子
あなこひし いまもみてしか やまかつの かきほにさける やまとなてしこ
読人知らず十四恋歌四
696津の国の なには思はず 山しろの とはにあひ見む ことをのみこそ
つのくにの なにはおもはす やましろの とはにあひみむ ことをのみこそ
読人知らず十四恋歌四
697敷島や 大和にはあらぬ 唐衣 ころもへずして あふよしもがな
しきしまや やまとにはあらぬ からころも ころもへすして あふよしもかな
紀貫之十四恋歌四
698恋しとは たが名づけけむ ことならむ 死ぬとぞただに 言ふべかりける
こひしとは たかなつけけむ ことならむ しぬとそたたに いふへかりける
清原深養父十四恋歌四
699み吉野の 大川のべの 藤波の なみに思はば 我が恋めやは
みよしのの おほかはのへの ふちなみの なみにおもはは わかこひめやは
読人知らず十四恋歌四
700かく恋ひむ ものとは我も 思ひにき 心のうらぞ まさしかりける
かくこひむ ものとはわれも おもひにき こころのうらそ まさしかりける
読人知らず十四恋歌四
701天の原 ふみとどろかし なる神も 思ふなかをば さくるものかは
あまのはら ふみととろかし なるかみも おもふなかをは さくるものかは
読人知らず十四恋歌四
702梓弓 ひき野のつづら 末つひに 我が思ふ人に ことのしげけむ
あつさゆみ ひきののつつら すゑつひに わかおもふひとに ことのしけけむ
読人知らず十四恋歌四
703夏引きの 手引きの糸を くりかへし ことしげくとも 絶えむと思ふな
なつひきの てひきのいとを くりかへし こしとけくとも たえむとおもふな
読人知らず十四恋歌四
704里人の ことは夏野の しげくとも 枯れ行く君に あはざらめやは
さとひとの ことはなつのの しけくとも かれゆくきみに あはさらめやは
読人知らず十四恋歌四
705かずかずに 思ひ思はず とひがたみ 身を知る雨は 降りぞまされる
かすかすに おもひおもはす とひかたみ みをしるあめは ふりそまされる
在原業平十四恋歌四
706おほぬさの ひくてあまたに なりぬれば 思へどえこそ たのまざりけれ
おほぬさの ひくてあまたに なりぬれは おもへとえこそ たのまさりけれ
読人知らず十四恋歌四
707おほぬさと 名にこそたてれ 流れても つひによる瀬は ありてふものを
おほぬさと なにこそたてれ なかれても つひによるせは ありてふものを
在原業平十四恋歌四
708須磨の海人の 塩やく煙 風をいたみ 思はぬ方に たなびきにけり
すまのあまの しほやくけふり かせをいたみ おもはぬかたに たなひきにけり
読人知らず十四恋歌四
709玉かづら はふ木あまたに なりぬれば 絶えぬ心の うれしげもなし
たまかつら はふきあまたに なりぬれは たえぬこころの うれしけもなし
読人知らず十四恋歌四
710たが里に 夜がれをしてか 郭公 ただここにしも 寝たる声する
たかさとに よかれをしてか ほとときす たたここにしも ねたるこゑする
読人知らず十四恋歌四
711いで人は ことのみぞよき 月草の うつし心は 色ことにして
いてひとは ことのみそよき つきくさの うつしこころは いろことにして
読人知らず十四恋歌四
712いつはりの なき世なりせば いかばかり 人の言の葉 うれしからまし
いつはりの なきよなりせは いかはかり ひとのことのは うれしからまし
読人知らず十四恋歌四
713いつはりと 思ふものから 今さらに たがまことをか 我はたのまむ
いつはりと おもふものから いまさらに たかまことをか われはたのまむ
読人知らず十四恋歌四
714秋風に 山の木の葉の うつろへば 人の心も いかがとぞ思ふ
あきかせに やまのこのはの うつろへは ひとのこころも いかかとそおもふ
素性法師十四恋歌四
715蝉の声 聞けばかなしな 夏衣 薄くや人の ならむと思へば
せみのこゑ きけはかなしな なつころも うすくやひとの ならむとおもへは
紀友則十四恋歌四
716空蝉の 世の人ごとの しげければ 忘れぬものの かれぬべらなり
うつせみの よのひとことの しけけれは わすれぬものの かれぬへらなり
読人知らず十四恋歌四
717あかでこそ 思はむなかは 離れなめ そをだにのちの 忘れ形見に
あかてこそ おもはむなかは はなれなめ そをたにのちの わすれかたみに
読人知らず十四恋歌四
718忘れなむと 思ふ心の つくからに ありしよりけに まづぞ恋しき
わすれなむと おもふこころの つくからに ありしよりけに まつそこひしき
読人知らず十四恋歌四
719忘れなむ 我をうらむな 郭公 人の秋には あはむともせず
わすれなむ われをうらむな ほとときす ひとのあきには あはむともせす
読人知らず十四恋歌四
720絶えずゆく 飛鳥の川の よどみなば 心あるとや 人の思はむ
たえすゆく あすかのかはの よとみなは こころあるとや ひとのおもはむ
読人知らず十四恋歌四
721淀川の よどむと人は 見るらめど 流れて深き 心あるものを
よとかはの よとむとひとは みるらめと なかれてふかき こころあるものを
読人知らず十四恋歌四
722そこひなき 淵やは騒ぐ 山川の 浅き瀬にこそ あだ浪はたて
そこひなき ふちやはさわく やまかはの あさきせにこそ あたなみはたて
素性法師十四恋歌四
723紅の 初花染めの 色深く 思ひし心 我忘れめや
くれなゐの はつはなそめの いろふかく おもひしこころ われわすれめや
読人知らず十四恋歌四
724陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに 乱れむと思ふ 我ならなくに
みちのくの しのふもちすり たれゆゑに みたれむとおもふ われならなくに
#百人一首
河原左大臣十四恋歌四
725思ふより いかにせよとか 秋風に なびくあさぢの 色ことになる
おもふより いかにせよとか あきかせに なひくあさちの いろことになる
読人知らず十四恋歌四
726ちぢの色に うつろふらめど 知らなくに 心し秋の もみぢならねば
ちちのいろに うつろふらめと しらなくに こころしあきの もみちならねは
読人知らず十四恋歌四
727海人の住む 里のしるべに あらなくに うらみむとのみ 人の言ふらむ
あまのすむ さとのしるへに あらなくに うらみむとのみ ひとのいふらむ
小野小町十四恋歌四
728曇り日の 影としなれる 我なれば 目にこそ見えね 身をば離れず
くもりひの かけとしなれる われなれは めにこそみえね みをははなれす
下野雄宗十四恋歌四
729色もなき 心を人に 染めしより うつろはむとは 思ほえなくに
いろもなき こころをひとに そめしより うつろはむとは おもほえなくに
紀貫之十四恋歌四
730めづらしき 人を見むとや しかもせぬ 我が下紐の とけ渡るらむ
めつらしき ひとをみむとや しかもせぬ わかしたひもの とけわたるらむ
読人知らず十四恋歌四
731かげろふの それかあらぬか 春雨の 降る日となれば 袖ぞ濡れぬる
かけろふの それかあらぬか はるさめの ふるひとなれは そてそぬれぬる
読人知らず十四恋歌四
732堀江こぐ 棚なし小舟 こぎかへり 同じ人にや 恋ひ渡りなむ
ほりえこく たななしをふね こきかへり おなしひとにや こひわたりなむ
読人知らず十四恋歌四
733わたつみと 荒れにし床を 今さらに はらはば袖や 泡と浮きなむ
わたつみと あれにしとこを いまさらに はらははそてや あわとうきなむ
伊勢十四恋歌四
734いにしへに なほ立ち返る 心かな 恋しきことに もの忘れせで
いにしへに なほたちかへる こころかな こひしきことに ものわすれせて
紀貫之十四恋歌四
735思ひいでて 恋しき時は 初雁の なきて渡ると 人知るらめや
おもひいてて こひしきときは はつかりの なきてわたると ひとしるらめや
大友黒主十四恋歌四
736たのめこし 言の葉今は かへしてむ 我が身ふるれば 置きどころなし
たのめこし ことのはいまは かへしてむ わかみふるれは おきところなし
藤原因香十四恋歌四
737今はとて かへす言の葉 拾ひおきて おのがものから 形見とや見む
いまはとて かへすことのは ひろひおきて おのかものから かたみとやみむ
近院右大臣十四恋歌四
738玉ぼこの 道はつねにも 惑はなむ 人をとふとも 我かと思はむ
たまほこの みちはつねにも まとはなむ ひとをとふとも われかとおもはむ
藤原因香十四恋歌四
739待てと言はば 寝てもゆかなむ しひて行く 駒のあし折れ 前の棚橋
まてといはは ねてもゆかなむ しひてゆく こまのあしをれ まへのたなはし
読人知らず十四恋歌四
740あふ坂の ゆふつけ鳥に あらばこそ 君がゆききを なくなくも見め
あふさかの ゆふつけとりに あらはこそ きみかゆききを なくなくもみめ
閑院十四恋歌四
741ふるさとに あらぬものから 我がために 人の心の 荒れて見ゆらむ
ふるさとに あらぬものから わかために ひとのこころの あれてみゆらむ
伊勢十四恋歌四
742山がつの かきほにはへる あをつづら 人はくれども ことづてもなし
やまかつの かきほにはへる あをつつら ひとはくれとも ことつてもなし
十四恋歌四
743大空は 恋しき人の 形見かは 物思ふごとに ながめらるらむ
おほそらは こひしきひとの かたみかは ものおもふことに なかめらるらむ
酒井人真十四恋歌四
744あふまでの 形見も我は 何せむに 見ても心の なぐさまなくに
あふまての かたみもわれは なにせむに みてもこころの なくさまなくに
読人知らず十四恋歌四
745あふまでの 形見とてこそ とどめけめ 涙に浮ぶ 藻屑なりけり
あふまての かたみとてこそ ととめけめ なみたにうかふ もくつなりけり
藤原興風十四恋歌四
746形見こそ 今はあたなれ これなくは 忘るる時も あらましものを
かたみこそ いまはあたなれ これなくは わするるときも あらましものを
読人知らず十四恋歌四
747月やあらぬ 春や昔の 春ならぬ 我が身ひとつは もとの身にして
つきやあらぬ はるやむかしの はるならぬ わかみひとつは もとのみにして
在原業平十五恋歌五
748花薄 我こそ下に 思ひしか 穂にいでて人に 結ばれにけり
はなすすき われこそしたに おもひしか ほにいててひとに むすはれにけり
藤原仲平十五恋歌五
749よそにのみ 聞かましものを 音羽川 渡るとなしに 見なれそめけむ
よそにのみ きかましものを おとはかは わたるとなしに みなれそめけむ
藤原兼輔十五恋歌五
750我がごとく 我を思はむ 人もがな さてもや憂きと 世をこころみむ
わかことく われをおもはむ ひともかな さてもやうきと よをこころみむ
凡河内躬恒十五恋歌五
751久方の 天つ空にも すまなくに 人はよそにぞ 思ふべらなる
ひさかたの あまつそらにも すまなくに ひとはよそにそ おもふへらなる
在原元方十五恋歌五
752見てもまた またも見まくの ほしければ なるるを人は いとふべらなり
みてもまた またもみまくの ほしけれは なるるをひとは いとふへらなり
読人知らず十五恋歌五
753雲もなく なぎたる朝の 我なれや いとはれてのみ 世をばへぬらむ
くももなく なきたるあさの われなれや いとはれてのみ よをはへぬらむ
紀友則十五恋歌五
754花がたみ 目ならぶ人の あまたあれば 忘られぬらむ 数ならぬ身は
はなかたみ めならふひとの あまたあれは わすられぬらむ かすならぬみは
読人知らず十五恋歌五
755うきめのみ おひて流るる 浦なれば かりにのみこそ 海人は寄るらめ
うきめのみ おひてなかるる うらなれは かりにのみこそ あまはよるらめ
読人知らず十五恋歌五
756あひにあひて 物思ふころの 我が袖に 宿る月さへ 濡るるかほなる
あひにあひて ものおもふころの わかそてに やとるつきさへ ぬるるかほなる
伊勢十五恋歌五
757秋ならで 置く白露は 寝ざめする 我が手枕の しづくなりけり
あきならて おくしらつゆは ねさめする わかたまくらの しつくなりけり
読人知らず十五恋歌五
758須磨の海人の 塩やき衣 をさをあらみ まどほにあれや 君がきまさぬ
すまのあまの しほやきころも をさをあらみ まとほにあれや きみかきまさぬ
読人知らず十五恋歌五
759山しろの 淀のわかごも かりにだに 来ぬ人たのむ 我ぞはかなき
やましろの よとのわかこも かりにたに こぬひとたのむ われそはかなき
読人知らず十五恋歌五
760あひ見ねば 恋こそまされ みなせ川 何に深めて 思ひそめけむ
あひみねは こひこそまされ みなせかは なににふかめて おもひそめけむ
読人知らず十五恋歌五
761暁の しぎの羽がき ももはがき 君が来ぬ夜は 我ぞ数かく
あかつきの しきのはねかき ももはかき きみかこぬよは われそかすかく
読人知らず十五恋歌五
762玉かづら 今は絶ゆとや 吹く風の 音にも人の 聞こえざるらむ
たまかつら いまはたゆとや ふくかせの おとにもひとの きこえさるらむ
読人知らず十五恋歌五
763我が袖に まだき時雨の 降りぬるは 君が心に 秋や来ぬらむ
わかそてに またきしくれの ふりぬるは きみかこころに あきやきぬらむ
読人知らず十五恋歌五
764山の井の 浅き心も 思はぬに 影ばかりのみ 人の見ゆらむ
やまのゐの あさきこころも おもはぬに かけはかりのみ ひとのみゆらむ
読人知らず十五恋歌五
765忘れ草 種とらましを あふことの いとかくかたき ものと知りせば
わすれくさ たねとらましを あふことの いとかくかたき ものとしりせは
読人知らず十五恋歌五
766恋ふれども あふ夜のなきは 忘れ草 夢ぢにさへや おひしげるらむ
こふれとも あふよのなきは わすれくさ ゆめちにさへや おひしけるらむ
読人知らず十五恋歌五
767夢にだに あふことかたく なりゆくは 我やいを寝ぬ 人や忘るる
ゆめにたに あふことかたく なりゆくは われやいをねぬ ひとやわするる
読人知らず十五恋歌五
768もろこしも 夢に見しかば 近かりき 思はぬなかぞ はるけかりける
もろこしも ゆめにみしかは ちかかりき おもはぬなかそ はるけかりける
兼芸法師十五恋歌五
769ひとりのみ ながめふるやの つまなれば 人をしのぶの 草ぞおひける
ひとりのみ なかめふるやの つまなれは ひとをしのふの くさそおひける
貞登十五恋歌五
770我が宿は 道もなきまで 荒れにけり つれなき人を 待つとせしまに
わかやとは みちもなきまて あれにけり つれなきひとを まつとせしまに
僧正遍照十五恋歌五
771今こむと 言ひて別れし あしたより 思ひくらしの 音をのみぞ鳴く
いまこむと いひてわかれし あしたより おもひくらしの ねをのみそなく
僧正遍照十五恋歌五
772こめやとは 思ふものから ひぐらしの 鳴く夕暮れは 立ち待たれつつ
こめやとは おもふものから ひくらしの なくゆふくれは たちまたれつつ
読人知らず十五恋歌五
773今しはと わびにしものを ささがにの 衣にかかり 我をたのむる
いましはと わひにしものを ささかにの ころもにかかり われをたのむる
読人知らず十五恋歌五
774今はこじと 思ふものから 忘れつつ 待たるることの まだもやまぬか
いまはこしと おもふものから わすれつつ またるることの またもやまぬか
読人知らず十五恋歌五
775月夜には 来ぬ人待たる かきくもり 雨も降らなむ わびつつも寝む
つきよには こぬひとまたる かきくもり あめもふらなむ わひつつもねむ
読人知らず十五恋歌五
776植ゑていにし 秋田刈るまで 見え来ねば 今朝初雁の 音にぞなきぬる
うゑていにし あきたかるまて みえこねは けさはつかりの ねにそなきぬる
読人知らず十五恋歌五
777来ぬ人を 待つ夕暮れの 秋風は いかに吹けばか わびしかるらむ
こぬひとを まつゆふくれの あきかせは いかにふけはか わひしかるらむ
読人知らず十五恋歌五
778久しくも なりにけるかな 住の江の 松は苦しき ものにぞありける
ひさしくも なりにけるかな すみのえの まつはくるしき ものにそありける
読人知らず十五恋歌五
779住の江の 松ほどひさに なりぬれば あしたづの音に なかぬ日はなし
すみのえの まつほとひさに なりぬれは あしたつのねに なかぬひはなし
兼覧王十五恋歌五
780三輪の山 いかに待ち見む 年ふとも たづぬる人も あらじと思へば
みわのやま いかにまちみむ としふとも たつぬるひとも あらしとおもへは
伊勢十五恋歌五
781吹きまよふ 野風を寒み 秋萩の うつりもゆくか 人の心の
ふきまよふ のかせをさむみ あきはきの うつりもゆくか ひとのこころの
雲林院親王十五恋歌五
782今はとて 我が身時雨に ふりぬれば 言の葉さへに うつろひにけり
いまはとて わかみしくれに ふりぬれは ことのはさへに うつろひにけり
小野小町十五恋歌五
783人を思ふ 心の木の葉に あらばこそ 風のまにまに 散りも乱れめ
ひとをおもふ こころのこのはに あらはこそ かせのまにまに ちりもみたれめ
小野貞樹十五恋歌五
784天雲の よそにも人の なりゆくか さすがに目には 見ゆるものから
あまくもの よそにもひとの なりゆくか さすかにめには みゆるものから
紀有常女十五恋歌五
785行きかへり 空にのみして ふることは 我がゐる山の 風はやみなり
ゆきかへり そらにのみして ふることは わかゐるやまの かせはやみなり
在原業平十五恋歌五
786唐衣 なれば身にこそ まつはれめ かけてのみやは 恋ひむと思ひし
からころも なれはみにこそ まつはれめ かけてのみやは こひむとおもひし
景式王十五恋歌五
787秋風は 身をわけてしも 吹かなくに 人の心の 空になるらむ
あきかせは みをわけてしも ふかなくに ひとのこころの そらになるらむ
紀友則十五恋歌五
788つれもなく なりゆく人の 言の葉ぞ 秋より先の もみぢなりける
つれもなく なりゆくひとの ことのはそ あきよりさきの もみちなりける
源宗于十五恋歌五
789死出の山 麓を見てぞ かへりにし つらき人より まづ越えじとて
してのやま ふもとをみてそ かへりにし つらきひとより まつこえしとて
兵衛十五恋歌五
790時すぎて 枯れゆく小野の あさぢには 今は思ひぞ 絶えずもえける
ときすきて かれゆくをのの あさちには いまはおもひそ たえすもえける
小野小町姉十五恋歌五
791冬枯れの 野辺と我が身を 思ひせば もえても春を 待たましものを
ふゆかれの のへとわかみを おもひせは もえてもはるを またましものを
伊勢十五恋歌五
792水の泡の 消えてうき身と 言ひながら 流れてなほも たのまるるかな
みつのあわの きえてうきみと いひなから なかれてなほも たのまるるかな
紀友則十五恋歌五
793みなせ川 ありて行く水 なくはこそ つひに我が身を 絶えぬと思はめ
みなせかは ありてゆくみつ なくはこそ つひにわかみを たえぬとおもはめ
読人知らず十五恋歌五
794吉野川 よしや人こそ つらからめ はやく言ひてし ことは忘れじ
よしのかは よしやひとこそ つらからめ はやくいひてし ことはわすれし
凡河内躬恒十五恋歌五
795世の中の 人の心は 花染めの うつろひやすき 色にぞありける
よのなかの ひとのこころは はなそめの うつろひやすき いろにそありける
読人知らず十五恋歌五
796心こそ うたてにくけれ 染めざらば うつろふことも 惜しからましや
こころこそ うたてにくけれ そめさらは うつろふことも をしからましや
読人知らず十五恋歌五
797色見えで うつろふものは 世の中の 人の心の 花にぞありける
いろみえて うつろふものは よのなかの ひとのこころの はなにそありける
小野小町十五恋歌五
798我のみや 世をうぐひすと なきわびむ 人の心の 花と散りなば
われのみや よをうくひすと なきわひむ ひとのこころの はなとちりなは
読人知らず十五恋歌五
799思ふとも かれなむ人を いかがせむ あかず散りぬる 花とこそ見め
おもふとも かれなむひとを いかかせむ あかすちりぬる はなとこそみめ
素性法師十五恋歌五
800今はとて 君がかれなば 我が宿の 花をばひとり 見てやしのばむ
いまはとて きみかかれなは わかやとの はなをはひとり みてやしのはむ
読人知らず十五恋歌五
801忘れ草 枯れもやすると つれもなき 人の心に 霜は置かなむ
わすれくさ かれもやすると つれもなき ひとのこころに しもはおかなむ
源宗于十五恋歌五
802忘れ草 何をか種と 思ひしは つれなき人の 心なりけり
わすれくさ なにをかたねと おもひしは つれなきひとの こころなりけり
素性法師十五恋歌五
803秋の田の いねてふことも かけなくに 何を憂しとか 人のかるらむ
あきのたの いねてふことも かけなくに なにをうしとか ひとのかるらむ
兼芸法師十五恋歌五
804初雁の 鳴きこそ渡れ 世の中の 人の心の 秋し憂ければ
はつかりの なきこそわたれ よのなかの ひとのこころの あきしうけれは
紀貫之十五恋歌五
805あはれとも 憂しとも物を 思ふ時 などか涙の いとなかるらむ
あはれとも うしともものを おもふとき なにかなみたの いとなかるらむ
読人知らず十五恋歌五
806身を憂しと 思ふに消えぬ ものなれば かくてもへぬる 世にこそありけれ
みをうしと おもふにきえぬ ものなれは かくてもへぬる よにこそありけれ
読人知らず十五恋歌五
807海人の刈る 藻にすむ虫の 我からと ねをこそなかめ 世をばうらみじ
あまのかる もにすむむしの われからと ねをこそなかめ よをはうらみし
藤原直子十五恋歌五
808あひ見ぬも 憂きも我が身の 唐衣 思ひ知らずも とくる紐かな
あひみぬも うきもわかみの からころも おもひしらすも とくるひもかな
因幡十五恋歌五
809つれなきを 今は恋ひじと 思へども 心弱くも 落つる涙か
つれなきを いまはこひしと おもへとも こころよわくも おつるなみたか
菅野忠臣十五恋歌五
810人知れず 絶えなましかば わびつつも なき名ぞとだに 言はましものを
ひとしれす たえなましかは わひつつも なきなそとたに いはましものを
伊勢十五恋歌五
811それをだに 思ふこととて 我が宿を 見きとな言ひそ 人の聞かくに
それをたに おもふこととて わかやとを みきとないひそ ひとのきかくに
読人知らず十五恋歌五
812あふことの もはら絶えぬる 時にこそ 人の恋しき ことも知りけれ
あふことの もはらたえぬる ときにこそ ひとのこひしき こともしりけれ
読人知らず十五恋歌五
813わびはつる 時さへものの かなしきは いづこをしのぶ 涙なるらむ
わひはつる ときさへものの かなしきは いつこをしのふ なみたなるらむ
読人知らず十五恋歌五
814うらみても 泣きても言はむ 方ぞなき 鏡に見ゆる 影ならずして
うらみても なきてもいはむ かたそなき かかみにみゆる かけならすして
藤原興風十五恋歌五
815夕されば 人なき床を うちはらひ なげかむためと なれる我が身か
ゆふされは ひとなきとこを うちはらひ なけかむためと なれるわかみか
読人知らず十五恋歌五
816わたつみの 我が身こす浪 立ち返り 海人の住むてふ うらみつるかな
わたつみの わかみこすなみ たちかへり あまのすむてふ うらみつるかな
読人知らず十五恋歌五
817あらを田を あらすきかへし かへしても 人の心を 見てこそやまめ
あらをたを あらすきかへし かへしても ひとのこころを みてこそやまめ
読人知らず十五恋歌五
818ありそ海の 浜の真砂と たのめしは 忘るることの 数にぞありける
ありそうみの はまのまさこと たのめしは わするることの かすにそありける
読人知らず十五恋歌五
819葦辺より 雲ゐをさして 行く雁の いや遠ざかる 我が身かなしも
あしへより くもゐをさして ゆくかりの いやとほさかる わかみかなしも
読人知らず十五恋歌五
820時雨つつ もみづるよりも 言の葉の 心の秋に あふぞわびしき
しくれつつ もみつるよりも ことのはの こころのあきに あふそわひしき
読人知らず十五恋歌五
821秋風の 吹きと吹きぬる 武蔵野は なべて草葉の 色かはりけり
あきかせの ふきとふきぬる むさしのは なへてくさはの いろかはりけり
読人知らず十五恋歌五
822秋風に あふたのみこそ かなしけれ 我が身むなしく なりぬと思へば
あきかせに あふたのみこそ かなしけれ わかみむなしく なりぬとおもへは
小野小町十五恋歌五
823秋風の 吹き裏返す くずの葉の うらみてもなほ うらめしきかな
あきかせの ふきうらかへす くすのはの うらみてもなほ うらめしきかな
平貞文十五恋歌五
824秋と言へば よそにぞ聞きし あだ人の 我をふるせる 名にこそありけれ
あきといへは よそにそききし あたひとの われをふるせる なにこそありけれ
読人知らず十五恋歌五
825忘らるる 身を宇治橋の なか絶えて 人もかよはぬ 年ぞへにける
わすらるる みをうちはしの なかたえて ひともかよはぬ としそへにける
読人知らず十五恋歌五
826あふことを 長柄の橋の ながらへて 恋ひ渡る間に 年ぞへにける
あふことを なからのはしの なからへて こひわたるまに としそへにける
坂上是則十五恋歌五
827浮きながら けぬる泡とも なりななむ 流れてとだに たのまれぬ身は
うきなから けぬるあわとも なりななむ なかれてとたに たのまれぬみは
紀友則十五恋歌五
828流れては 妹背の山の なかに落つる 吉野の川の よしや世の中
なかれては いもせのやまの なかにおつる よしののかはの よしやよのなか
読人知らず十五恋歌五
829泣く涙 雨と降らなむ わたり川 水まさりなば かへりくるがに
なくなみた あめとふらなむ わたりかは みつまさりなは かへりくるかに
小野篁十六哀傷歌
830血の涙 落ちてぞたぎつ 白川は 君が世までの 名にこそありけれ
ちのなみた おちてそたきつ しらかはは きみかよまての なにこそありけれ
素性法師十六哀傷歌
831空蝉は 殻を見つつも なぐさめつ 深草の山 煙だにたて
うつせみは からをみつつも なくさめつ ふかくさのやま けふりたにたて
僧都勝延十六哀傷歌
832深草の 野辺の桜し 心あらば 今年ばかりは 墨染めに咲け
ふかくさの のへのさくらし こころあらは ことしはかりは すみそめにさけ
上野岑雄十六哀傷歌
833寝ても見ゆ 寝でも見えけり おほかたは 空蝉の世ぞ 夢にはありける
ねてもみゆ ねてもみえけり おほかたは うつせみのよそ ゆめにはありける
紀友則十六哀傷歌
834夢とこそ 言ふべかりけれ 世の中に うつつあるものと 思ひけるかな
ゆめとこそ いふへかりけれ よのなかに うつつあるものと おもひけるかな
紀貫之十六哀傷歌
835寝るが内に 見るをのみやは 夢と言はむ はかなき世をも うつつとは見ず
ぬるかうちに みるをのみやは ゆめといはむ はかなきよをも うつつとはみす
壬生忠岑十六哀傷歌
836瀬をせけば 淵となりても 淀みけり 別れを止むる しがらみぞなき
せをせけは ふちとなりても よとみけり わかれをとむる しからみそなき
壬生忠岑十六哀傷歌
837先立たぬ くいのやちたび かなしきは 流るる水の かへり来ぬなり
さきたたぬ くいのやちたひ かなしきは なかるるみつの かへりこぬなり
閑院十六哀傷歌
838明日知らぬ 我が身と思へど 暮れぬ間の 今日は人こそ かなしかりけれ
あすしらぬ わかみとおもへと くれぬまの けふはひとこそ かなしかりけれ
紀貫之十六哀傷歌
839時しもあれ 秋やは人の 別るべき あるを見るだに 恋しきものを
ときしもあれ あきやはひとの わかるへき あるをみるたに こひしきものを
壬生忠岑十六哀傷歌
840神無月 時雨に濡るる もみぢ葉は ただわび人の 袂なりけり
かみなつき しくれにぬるる もみちはは たたわひひとの たもとなりけり
凡河内躬恒十六哀傷歌
841藤衣 はつるる糸は わび人の 涙の玉の 緒とぞなりける
ふちころも はつるるいとは わひひとの なみたのたまの をとそなりける
壬生忠岑十六哀傷歌
842朝露の おくての山田 かりそめに うき世の中を 思ひぬるかな
あさつゆの おくてのやまた かりそめに うきよのなかを おもひぬるかな
紀貫之十六哀傷歌
843墨染めの 君が袂は 雲なれや 絶えず涙の 雨とのみ降る
すみそめの きみかたもとは くもなれや たえすなみたの あめとのみふる
壬生忠岑十六哀傷歌
844あしひきの 山辺に今は 墨染めの 衣の袖は ひる時もなし
あしひきの やまへにいまは すみそめの ころものそての ひるときもなし
読人知らず十六哀傷歌
845水の面に しづく花の色 さやかにも 君が御影の 思ほゆるかな
みつのおもに しつくはなのいろ さやかにも きみかみかけの おもほゆるかな
小野篁十六哀傷歌
846草深き 霞の谷に かげ隠し 照る日の暮れし 今日にやはあらぬ
くさふかき かすみのたにに かけかくし てるひのくれし けふにやはあらぬ
文屋康秀十六哀傷歌
847みな人は 花の衣に なりぬなり 苔の袂よ 乾きだにせよ
みなひとは はなのころもに なりぬなり こけのたもとよ かわきたにせよ
僧正遍照十六哀傷歌
848うちつけに さびしくもあるか もみぢ葉も 主なき宿は 色なかりけり
うちつけに さひしくもあるか もみちはも ぬしなきやとは いろなかりけり
近院右大臣十六哀傷歌
849郭公 今朝鳴く声に おどろけば 君に別れし 時にぞありける
ほとときす けさなくこゑに おとろけは きみにわかれし ときにそありける
紀貫之十六哀傷歌
850花よりも 人こそあだに なりにけれ いづれを先に 恋ひむとか見し
はなよりも ひとこそあたに なりにけれ いつれをさきに こひむとかみし
紀茂行十六哀傷歌
851色も香も 昔の濃さに 匂へども 植ゑけむ人の 影ぞ恋しき
いろもかも むかしのこさに にほへとも うゑけむひとの かけそこひしき
紀貫之十六哀傷歌
852君まさで 煙絶えにし 塩釜の うらさびしくも 見え渡るかな
きみまさて けふりたえにし しほかまの うらさひしくも みえわたるかな
紀貫之十六哀傷歌
853君が植ゑし ひとむら薄 虫の音の しげき野辺とも なりにけるかな
きみかうゑし ひとむらすすき むしのねの しけきのへとも なりにけるかな
御春有輔十六哀傷歌
854ことならば 言の葉さへも 消えななむ 見れば涙の 滝まさりけり
ことならは ことのはさへも きえななむ みれはなみたの たきまさりけり
紀友則十六哀傷歌
855なき人の 宿にかよはば 郭公 かけて音にのみ なくとつげなむ
なきひとの やとにかよはは ほとときす かけてねにのみ なくとつけなむ
読人知らず十六哀傷歌
856誰見よと 花咲けるらむ 白雲の たつ野とはやく なりにしものを
たれみよと はなさけるらむ しらくもの たつのとはやく なりにしものを
読人知らず十六哀傷歌
857かずかずに 我を忘れぬ ものならば 山の霞を あはれとは見よ
かすかすに われをわすれぬ ものならは やまのかすみを あはれとはみよ
読人知らず十六哀傷歌
858声をだに 聞かで別るる たまよりも なき床に寝む 君ぞかなしき
こゑをたに きかてわかるる たまよりも なきとこにねむ きみそかなしき
読人知らず十六哀傷歌
859もみぢ葉を 風にまかせて 見るよりも はかなきものは 命なりけり
もみちはを かせにまかせて みるよりも はかなきものは いのちなりけり
大江千里十六哀傷歌
860露をなど あだなるものと 思ひけむ 我が身も草に 置かぬばかりを
つゆをなと あたなるものと おもひけむ わかみもくさに おかぬはかりを
藤原惟幹十六哀傷歌
861つひにゆく 道とはかねて 聞きしかど 昨日今日とは 思はざりしを
つひにゆく みちとはかねて ききしかと きのふけふとは おもはさりしを
在原業平十六哀傷歌
862かりそめの 行きかひぢとぞ 思ひこし 今はかぎりの 門出なりけり
かりそめの ゆきかひちとそ おもひこし いまはかきりの かとてなりけり
在原滋春十六哀傷歌
863我が上に 露ぞ置くなる 天の河 と渡る舟の 櫂のしづくか
わかうへに つゆそおくなる あまのかは とわたるふねの かいのしつくか
読人知らず十七雑歌上
864おもふどち まとゐせる夜は 唐錦 たたまく惜しき ものにぞありける
おもふとち まとゐせるよは からにしき たたまくをしき ものにそありける
読人知らず十七雑歌上
865うれしきを 何につつまむ 唐衣 袂ゆたかに たてと言はましを
うれしきを なににつつまむ からころも たもとゆたかに たてといはましを
読人知らず十七雑歌上
866かぎりなき 君がためにと 折る花は 時しもわかぬ ものにぞありける
かきりなき きみかためにと をるはなは ときしもわかぬ ものにそありける
読人知らず十七雑歌上
867紫の ひともとゆゑに 武蔵野の 草はみながら あはれとぞ見る
むらさきの ひともとゆゑに むさしのの くさはみなから あはれとそみる
読人知らず十七雑歌上
868紫の 色濃き時は めもはるに 野なる草木ぞ 別れざりける
むらさきの いろこきときは めもはるに のなるくさきそ わかれさりける
在原業平十七雑歌上
869色なしと 人や見るらむ 昔より 深き心に 染めてしものを
いろなしと ひとやみるらむ むかしより ふかきこころに そめてしものを
近院右大臣十七雑歌上
870日の光 藪しわかねば いそのかみ ふりにし里に 花も咲きけり
ひのひかり やふしわかねは いそのかみ ふりにしさとに はなもさきけり
布留今道十七雑歌上
871大原や をしほの山も 今日こそは 神世のことも 思ひいづらめ
おほはらや をしほのやまも けふこそは かみよのことも おもひいつらめ
在原業平十七雑歌上
872天つ風 雲のかよひぢ 吹きとぢよ 乙女の姿 しばしとどめむ
あまつかせ くものかよひち ふきとちよ をとめのすかた しはしととめむ
#百人一首
良岑宗貞十七雑歌上
873主や誰 問へど白玉 言はなくに さらばなべてや あはれと思はむ
ぬしやたれ とへとしらたま いはなくに さらはなへてや あはれとおもはむ
河原左大臣十七雑歌上
874玉だれの こがめやいづら こよろぎの 磯の浪わけ 沖にいでにけり
たまたれの こかめやいつら こよろきの いそのなみわけ おきにいてにけり
藤原敏行十七雑歌上
875かたちこそ み山隠れの 朽ち木なれ 心は花に なさばなりなむ
かたちこそ みやまかくれの くちきなれ こころははなに なさはなりなむ
兼芸法師十七雑歌上
876蝉の羽の 夜の衣は 薄けれど 移り香濃くも 匂ひぬるかな
せみのはの よるのころもは うすけれと うつりかこくも にほひぬるかな
紀友則十七雑歌上
877遅くいづる 月にもあるかな あしひきの 山のあなたも 惜しむべらなり
おそくいつる つきにもあるかな あしひきの やまのあなたも をしむへらなり
読人知らず十七雑歌上
878我が心 なぐさめかねつ 更級や をばすて山に 照る月を見て
わかこころ なくさめかねつ さらしなや をはすてやまに てるつきをみて
読人知らず十七雑歌上
879おほかたは 月をもめでじ これぞこの つもれば人の 老いとなるもの
おほかたは つきをもめてし これそこの つもれはひとの おいとなるもの
在原業平十七雑歌上
880かつ見れば うとくもあるかな 月影の いたらぬ里も あらじと思へば
かつみれと うとくもあるかな つきかけの いたらぬさとも あらしとおもへは
紀貫之十七雑歌上
881ふたつなき ものと思ひしを 水底に 山の端ならで いづる月影
ふたつなき ものとおもひしを みなそこに やまのはならて いつるつきかけ
紀貫之十七雑歌上
882天の河 雲のみをにて はやければ 光とどめず 月ぞ流るる
あまのかは くものみをにて はやけれは ひかりととめす つきそなかるる
読人知らず十七雑歌上
883あかずして 月の隠るる 山もとは あなたおもてぞ 恋しかりける
あかすして つきのかくるる やまもとは あなたおもてそ こひしかりける
読人知らず十七雑歌上
884あかなくに まだきも月の 隠るるか 山の端逃げて 入れずもあらなむ
あかなくに またきもつきの かくるるか やまのはにけて いれすもあらなむ
在原業平十七雑歌上
885大空を 照りゆく月し 清ければ 雲隠せども 光けなくに
おほそらを てりゆくつきし きよけれは くもかくせとも ひかりけなくに
尼敬信十七雑歌上
886いそのかみ ふるから小野の もとかしは もとの心は 忘られなくに
いそのかみ ふるからをのの もとかしは もとのこころは わすられなくに
読人知らず十七雑歌上
887いにしへの 野中の清水 ぬるけれど もとの心を 知る人ぞくむ
いにしへの のなかのしみつ ぬるけれと もとのこころを しるひとそくむ
読人知らず十七雑歌上
888いにしへの しづのをだまき いやしきも よきもさかりは ありしものなり
いにしへの しつのをたまき いやしきも よきもさかりは ありしものなり
読人知らず十七雑歌上
889今こそあれ 我も昔は 男山 さかゆく時も ありこしものを
いまこそあれ われもむかしは をとこやま さかゆくときも ありこしものを
読人知らず十七雑歌上
890世の中に ふりぬるものは 津の国の 長柄の橋と 我となりけり
よのなかに ふりぬるものは つのくにの なからのはしと われとなりけり
読人知らず十七雑歌上
891笹の葉に 降りつむ雪の うれを重み もとくだちゆく 我がさかりはも
ささのはに ふりつむゆきの うれをおもみ もとくたちゆく わかさかりはも
読人知らず十七雑歌上
892大荒木の もりの下草 おいぬれば 駒もすさめず かる人もなし
おほあらきの もりのしたくさ おいぬれは こまもすさへす かるひともなし
読人知らず十七雑歌上
893かぞふれば とまらぬものを 年といひて 今年はいたく 老いぞしにける
かそふれは とまらぬものを としといひて ことしはいたく おいそしにける
読人知らず十七雑歌上
894おしてるや 難波の水に 焼く塩の からくも我は 老いにけるかな
おしてるや なにはのみつに やくしほの からくもわれは おいにけるかな
読人知らず十七雑歌上
895老いらくの 来むと知りせば 門さして なしと答へて あはざらましを
おいらくの こむとしりせは かとさして なしとこたへて あはさらましを
読人知らず十七雑歌上
896さかさまに 年もゆかなむ とりもあへず すぐる齢や ともにかへると
さかさまに としもゆかなむ とりもあへす すくるよはひや ともにかへると
読人知らず十七雑歌上
897とりとむる ものにしあらねば 年月を あはれあなうと すぐしつるかな
とりとむる ものにしあらねは としつきを あはれあなうと すくしつるかな
読人知らず十七雑歌上
898とどめあへず むべも年とは いはれけり しかもつれなく すぐる齢か
ととめあへす うへもとしとは いはれけり しかもつれなく すくるよはひか
読人知らず十七雑歌上
899鏡山 いざ立ち寄りて 見てゆかむ 年へぬる身は 老いやしぬると
かかみやま いさたちよりて みてゆかむ としへぬるみは おいやしぬると
読人知らず十七雑歌上
900老いぬれば さらぬ別れも ありと言へば いよいよ見まく ほしき君かな
おいぬれは さらぬわかれも ありといへは いよいよみまく ほしききみかな
業平朝臣母十七雑歌上
901世の中に さらぬ別れの なくもがな 千代もとなげく 人の子のため
よのなかに さらぬわかれの なくもかな ちよもとなけく ひとのこのため
在原業平十七雑歌上
902白雪の 八重降りしける かへる山 かへるがへるも 老いにけるかな
しらゆきの やへふりしける かへるやま かへるかへるも おいにけるかな
在原棟梁十七雑歌上
903老いぬとて などか我が身を せめきけむ 老いずは今日に あはましものか
おいぬとて なとかわかみを せめきけむ おいすはけふに あはましものか
藤原敏行十七雑歌上
904ちはやぶる 宇治の橋守 なれをしぞ あはれとは思ふ 年のへぬれば
ちはやふる うちのはしもり なれをしそ あはれとはおもふ としのへぬれは
読人知らず十七雑歌上
905我見ても 久しくなりぬ 住の江の 岸の姫松 幾世へぬらむ
われみても ひさしくなりぬ すみのえの きしのひめまつ いくよへぬらむ
読人知らず十七雑歌上
906住吉の 岸の姫松 人ならば 幾世かへしと 問はましものを
すみよしの きしのひめまつ ひとならは いくよかへしと とはましものを
読人知らず十七雑歌上
907梓弓 磯辺の小松 たが世にか よろづ世かねて 種をまきけむ
あつさゆみ いそへのこまつ たかよにか よろつよかねて たねをまきけむ
読人知らず十七雑歌上
908かくしつつ 世をやつくさむ 高砂の 尾上に立てる 松ならなくに
かくしつつ よをやつくさむ たかさこの をのへにたてる まつならなくに
読人知らず十七雑歌上
909誰をかも 知る人にせむ 高砂の 松も昔の 友ならなくに
たれをかも しるひとにせむ たかさこの まつもむかしの ともならなくに
#百人一首
藤原興風十七雑歌上
910わたつみの 沖つ潮あひに 浮かぶ泡の 消えぬものから 寄る方もなし
わたつうみの おきつしほあひに うかふあわの きえぬものから よるかたもなし
読人知らず十七雑歌上
911わたつみの かざしにさせる 白妙の 浪もてゆへる 淡路島山
わたつうみの かさしにさせる しろたへの なみもてゆへる あはちしまやま
読人知らず十七雑歌上
912わたの原 寄せくる浪の しばしばも 見まくのほしき 玉津島かも
わたのはら よせくるなみの しはしはも みまくのほしき たまつしまかも
読人知らず十七雑歌上
913難波潟 潮満ちくらし 雨衣 たみのの島に たづ鳴き渡る
なにはかた しほみちくらし あまころも たみののしまに たつなきわたる
読人知らず十七雑歌上
914君を思ひ おきつの浜に 鳴くたづの 尋ねくればぞ ありとだに聞く
きみをおもひ おきつのはまに なくたつの たつねくれはそ ありとたにきく
藤原忠房十七雑歌上
915沖つ浪 たかしの浜の 浜松の 名にこそ君を 待ちわたりつれ
おきつなみ たかしのはまの はままつの なにこそきみを まちわたりつれ
紀貫之十七雑歌上
916難波潟 おふる玉藻を かりそめの 海人とぞ我は なりぬべらなる
なにはかた おふるたまもを かりそめの あまとそわれは なりぬへらなる
紀貫之十七雑歌上
917住吉と 海人は告ぐとも 長居すな 人忘れ草 おふと言ふなり
すみよしと あまはつくとも なかゐすな ひとわすれくさ おふといふなり
壬生忠岑十七雑歌上
918雨により たみのの島を 今日ゆけど 名には隠れぬ ものにぞありける
あめにより たみののしまを けふゆけと なにはかくれぬ ものにそありける
紀貫之十七雑歌上
919あしたづの 立てる川辺を 吹く風に 寄せてかへらぬ 浪かとぞ見る
あしたつの たてるかはへを ふくかせに よせてかへらぬ なみかとそみる
紀貫之十七雑歌上
920水の上に 浮かべる舟の 君ならば ここぞとまりと 言はましものを
みつのうへに うかへるふねの きみならは ここそとまりと いはましものを
伊勢十七雑歌上
921みやこまで ひびきかよへる からことは 浪のをすげて 風ぞひきける
みやこまて ひひきかよへる からことは なみのをすけて かせそひきける
真静法師十七雑歌上
922こき散らす 滝の白玉 拾ひおきて 世の憂き時の 涙にぞかる
こきちらす たきのしらいと ひろひおきて よのうきときの なみたにそかる
在原行平十七雑歌上
923ぬき乱る 人こそあるらし 白玉の まなくも散るか 袖のせばきに
ぬきみたる ひとこそあるらし しらたまの まなくもちるか そてのせはきに
在原業平十七雑歌上
924誰がために 引きてさらせる 布なれや 世をへて見れど とる人もなき
たかために ひきてさらせる ぬのなれや よをへてみれと とるひとのなき
承均法師十七雑歌上
925清滝の 瀬ぜの白糸 くりためて 山わけごろも 織りて着ましを
きよたきの せせのしらいと くりためて やまわけころも おりてきましを
神退法師十七雑歌上
926たちぬはぬ 衣着し人も なきものを なに山姫の 布さらすらむ
たちぬはぬ きぬきしひとも なきものを なにやまひめの ぬのさらすらむ
伊勢十七雑歌上
927主なくて さらせる布を 七夕に 我が心とや 今日はかさまし
ぬしなくて さらせるぬのを たなはたに わかこころとや けふはかさまし
橘長盛十七雑歌上
928落ちたぎつ 滝の水上 年つもり 老いにけらしな 黒き筋なし
おちたきつ たきのみなかみ としつもり おいにけらしな くろきすちなし
壬生忠岑十七雑歌上
929風吹けど ところも去らぬ 白雲は 世をへて落つる 水にぞありける
かせふけと ところもさらぬ しらくもは よをへておつる みつにそありける
凡河内躬恒十七雑歌上
930思ひせく 心の内の 滝なれや 落つとは見れど 音の聞こえぬ
おもひせく こころのうちの たきなれや おつとはみれと おとのきこえぬ
三条町十七雑歌上
931咲きそめし 時よりのちは うちはへて 世は春なれや 色の常なる
さきそめし ときよりのちは うちはへて よははるなれや いろのつねなる
紀貫之十七雑歌上
932かりてほす 山田の稲の こきたれて なきこそわたれ 秋の憂ければ
かりてほす やまたのいねの こきたれて なきこそわたれ あきのうけれは
坂上是則十七雑歌上
933世の中は 何か常なる 飛鳥川 昨日の淵ぞ 今日は瀬になる
よのなかは なにかつねなる あすかかは きのふのふちそ けふはせになる
読人知らず十八雑歌下
934幾世しも あらじ我が身を なぞもかく 海人の刈る藻に 思ひ乱るる
いくよしも あらしわかみを なそもかく あまのかるもに おもひみたるる
読人知らず十八雑歌下
935雁の来る 峰の朝霧 晴れずのみ 思ひつきせぬ 世の中の憂さ
かりのくる みねのあさきり はれすのみ おもひつきせぬ よのなかのうさ
読人知らず十八雑歌下
936しかりとて そむかれなくに ことしあれば まづなげかれぬ あなう世の中
しかりとて そむかれなくに ことしあれは まつなけかれぬ あなうよのなか
小野篁十八雑歌下
937みやこ人 いかがと問はば 山高み 晴れぬ雲ゐに わぶと答へよ
みやこひと いかかととはは やまたかみ はれぬくもゐに わふとこたへよ
小野貞樹十八雑歌下
938わびぬれば 身を浮草の 根を絶えて さそふ水あらば いなむとぞ思ふ
わひぬれは みをうきくさの ねをたえて さそふみつあらは いなむとそおもふ
小野小町十八雑歌下
939あはれてふ ことこそうたて 世の中を 思ひはなれぬ ほだしなりけれ
あはれてふ ことこそうたて よのなかを おもひはなれぬ ほたしなりけれ
小野小町十八雑歌下
940あはれてふ 言の葉ごとに 置く露は 昔を恋ふる 涙なりけり
あはれてふ ことのはことに おくつゆは むかしをこふる なみたなりけり
読人知らず十八雑歌下
941世の中の うきもつらきも 告げなくに まづ知るものは 涙なりけり
よのなかの うきもつらきも つけなくに まつしるものは なみたなりけり
読人知らず十八雑歌下
942世の中は 夢かうつつか うつつとも 夢とも知らず ありてなければ
よのなかは ゆめかうつつか うつつとも ゆめともしらす ありてなけれは
読人知らず十八雑歌下
943世の中に いづら我が身の ありてなし あはれとや言はむ あなうとや言はむ
よのなかに いつらわかみの ありてなし あはれとやいはむ あなうとやいはむ
読人知らず十八雑歌下
944山里は もののわびしき ことこそあれ 世の憂きよりは 住みよかりけり
やまさとは もののさひしき ことこそあれ よのうきよりは すみよかりけり
読人知らず十八雑歌下
945白雲の 絶えずたなびく 峰にだに 住めば住みぬる 世にこそありけれ
しらくもの たえすたなひく みねにたに すめはすみぬる よにこそありけれ
惟喬親王十八雑歌下
946知りにけむ 聞きてもいとへ 世の中は 浪の騒ぎに 風ぞしくめる
しりにけむ ききてもいとへ よのなかは なみのさわきに かせそしくめる
布留今道十八雑歌下
947いづこにか 世をばいとはむ 心こそ 野にも山にも 惑ふべらなれ
いつこにか よをはいとはむ こころこそ のにもやまにも まとふへらなれ
素性法師十八雑歌下
948世の中は 昔よりやは うかりけむ 我が身ひとつの ためになれるか
よのなかは むかしよりやは うかりけむ わかみひとつの ためになれるか
読人知らず十八雑歌下
949世の中を いとふ山辺の 草木とや あなうの花の 色にいでにけむ
よのなかを いとふやまへの くさきとや あなうのはなの いろにいてにけむ
読人知らず十八雑歌下
950み吉野の 山のあなたに 宿もがな 世の憂き時の 隠れがにせむ
みよしのの やまのあなたに やともかな よのうきときの かくれかにせむ
読人知らず十八雑歌下
951世にふれば 憂さこそまされ み吉野の 岩のかけ道 踏みならしてむ
よにふれは うさこそまされ みよしのの いはのかけみち ふみならしてむ
読人知らず十八雑歌下
952いかならむ 巌の中に 住まばかは 世の憂きことの 聞こえこざらむ
いかならむ いはほのうちに すまはかは よのうきことの きこえこさらむ
読人知らず十八雑歌下
953あしひきの 山のまにまに 隠れなむ うき世の中は あるかひもなし
あしひきの やまのまにまに かくれなむ うきよのなかは あるかひもなし
読人知らず十八雑歌下
954世の中の うけくにあきぬ 奥山の 木の葉に降れる 雪やけなまし
よのなかの うけくにあきぬ おくやまの このはにふれる ゆきやけなまし
読人知らず十八雑歌下
955世のうきめ 見えぬ山ぢへ 入らむには 思ふ人こそ ほだしなりけれ
よのうきめ みえぬやまちへ いらむには おもふひとこそ ほたしなりけれ
物部吉名十八雑歌下
956世を捨てて 山にいる人 山にても なほ憂き時は いづち行くらむ
よをすてて やまにいるひと やまにても なほうきときは いつちゆくらむ
凡河内躬恒十八雑歌下
957今さらに なにおひいづらむ 竹の子の うき節しげき 世とは知らずや
いまさらに なにおひいつらむ たけのこの うきふししけき よとはしらすや
凡河内躬恒十八雑歌下
958世にふれば 言の葉しげき 呉竹の うき節ごとに うぐひすぞ鳴く
よにふれは ことのはしけき くれたけの うきふしことに うくひすそなく
読人知らず十八雑歌下
959木にもあらず 草にもあらぬ 竹のよの 端に我が身は なりぬべらなり
きにもあらす くさにもあらぬ たけのよの はしにわかみは なりぬへらなり
読人知らず十八雑歌下
960我が身から うき世の中と 名づけつつ 人のためさへ かなしかるらむ
わかみから うきよのなかと なけきつつ ひとのためさへ かなしかるらむ
読人知らず十八雑歌下
961思ひきや ひなの別れに おとろへて 海人の縄たき いさりせむとは
おもひきや ひなのわかれに おとろへて あまのなはたき いさりせむとは
小野篁十八雑歌下
962わくらばに 問ふ人あらば 須磨の浦に 藻塩たれつつ わぶと答へよ
わくらはに とふひとあらは すまのうらに もしほたれつつ わふとこたへよ
在原行平十八雑歌下
963天彦の おとづれじとぞ 今は思ふ 我か人かと 身をたどる世に
あまひこの おとつれしとそ いまはおもふ われかひとかと みをたとるよに
小野春風十八雑歌下
964うき世には 門させりとも 見えなくに などか我が身の いでがてにする
うきよには かとさせりとも みえなくに なとかわかみの いてかてにする
平貞文十八雑歌下
965ありはてぬ 命待つ間の ほどばかり うきことしげく 思はずもがな
ありはてぬ いのちまつまの ほとはかり うきことしけく おもはすもかな
平貞文十八雑歌下
966つくばねの 木のもとごとに 立ちぞ寄る 春のみ山の かげを恋つつ
つくはねの このもとことに たちそよる はるのみやまの かけをこひつつ
宮道潔興十八雑歌下
967光なき 谷には春も よそなれば 咲きてとく散る 物思ひもなし
ひかりなき たににははるも よそなれは さきてとくちる ものおもひもなし
清原深養父十八雑歌下
968久方の 中におひたる 里なれば 光をのみぞ たのむべらなる
ひさかたの うちにおひたる さとなれは ひかりをのみそ たのむへらなる
伊勢十八雑歌下
969今ぞ知る 苦しきものと 人待たむ 里をばかれず 問ふべかりけり
いまそしる くるしきものと ひとまたむ さとをはかれす とふへかりけり
在原業平十八雑歌下
970忘れては 夢かとぞ思ふ 思ひきや 雪踏みわけて 君を見むとは
わすれては ゆめかとそおもふ おもひきや ゆきふみわけて きみをみむとは
在原業平十八雑歌下
971年をへて 住みこし里を いでていなば いとど深草 野とやなりなむ
としをへて すみこしさとを いてていなは いととふかくさ のとやなりなむ
在原業平十八雑歌下
972野とならば うづらとなきて 年はへむ かりにだにやは 君がこざらむ
のとならは うつらとなきて としはへむ かりにたにやは きみかこさらむ
読人知らず十八雑歌下
973我を君 難波の浦に ありしかば うきめをみつの 海人となりにき
われをきみ なにはのうらに ありしかは うきめをみつの あまとなりにき
読人知らず十八雑歌下
974難波潟 うらむべきまも 思ほえず いづこをみつの 海人とかはなる
なにはかた うらむへきまも おもほえす いつこをみつの あまとかはなる
読人知らず十八雑歌下
975今さらに 問ふべき人も 思ほえず 八重むぐらして 門させりてへ
いまさらに とふへきひとも おもほえす やへむくらして かとさせりてへ
読人知らず十八雑歌下
976水の面に おふる五月の 浮草の うきことあれや 根を絶えて来ぬ
みつのおもに おふるさつきの うきくさの うきことあれや ねをたえてこぬ
凡河内躬恒十八雑歌下
977身を捨てて ゆきやしにけむ 思ふより 外なるものは 心なりけり
みをすてて ゆきやしにけむ おもふより ほかなるものは こころなりけり
凡河内躬恒十八雑歌下
978君が思ひ 雪とつもらば たのまれず 春よりのちは あらじと思へば
きみかおもひ ゆきとつもらは たのまれす はるよりのちは あらしとおもへは
凡河内躬恒十八雑歌下
979君をのみ 思ひこしぢの 白山は いつかは雪の 消ゆる時ある
きみをのみ おもひこしちの しらやまは いつかはゆきの きゆるときある
宗岳大頼十八雑歌下
980思ひやる 越の白山 知らねども ひと夜も夢に 越えぬ夜ぞなき
おもひやる こしのしらやま しらねとも ひとよもゆめに こえぬよそなき
紀貫之十八雑歌下
981いざここに 我が世はへなむ 菅原や 伏見の里の 荒れまくも惜し
いさここに わかよはへなむ すかはらや ふしみのさとの あれまくもをし
読人知らず十八雑歌下
982我が庵は 三輪の山もと 恋しくは とぶらひきませ 杉たてる門
わかいほは みわのやまもと こひしくは とふらひきませ すきたてるかと
読人知らず十八雑歌下
983我が庵は みやこのたつみ しかぞすむ 世をうぢ山と 人は言ふなり
わかいほは みやこのたつみ しかそすむ よをうちやまと ひとはいふなり
#百人一首
喜撰法師十八雑歌下
984荒れにけり あはれ幾世の 宿なれや 住みけむ人の おとづれもせぬ
あれにけり あはれいくよの やとなれや すみけむひとの おとつれもせぬ
読人知らず十八雑歌下
985わび人の 住むべき宿と 見るなへに 嘆きくははる 琴の音ぞする
わひひとの すむへきやとと みるなへに なけきくははる ことのねそする
良岑宗貞十八雑歌下
986人ふるす 里をいとひて こしかども 奈良のみやこも うき名なりけり
ひとふるす さとをいとひて こしかとも ならのみやこも うきななりけり
二条十八雑歌下
987世の中は いづれかさして 我がならむ 行きとまるをぞ 宿とさだむる
よのなかは いつれかさして わかならむ ゆきとまるをそ やととさたむる
読人知らず十八雑歌下
988あふ坂の 嵐の風は 寒けれど ゆくへ知らねば わびつつぞ寝る
あふさかの あらしのかせは さむけれと ゆくへしらねは わひつつそぬる
読人知らず十八雑歌下
989風の上に ありかさだめぬ 塵の身は ゆくへも知らず なりぬべらなり
かせのうへに ありかさためぬ ちりのみは ゆくへもしらす なりぬへらなり
読人知らず十八雑歌下
990飛鳥川 淵にもあらぬ 我が宿も 瀬にかはりゆく ものにぞありける
あすかかは ふちにもあらぬ わかやとも せにかはりゆく ものにそありける
伊勢十八雑歌下
991ふるさとは 見しごともあらず 斧の柄の 朽ちしところぞ 恋しかりける
ふるさとは みしこともあらす をののえの くちしところそ こひしかりける
紀友則十八雑歌下
992あかざりし 袖の中にや 入りにけむ 我がたましひの なき心地する
あかさりし そてのなかにや いりにけむ わかたましひの なきここちする
陸奥十八雑歌下
993なよ竹の よ長き上に 初霜の おきゐて物を 思ふころかな
なよたけの よなかきうへに はつしもの おきゐてものを おもふころかな
藤原忠房十八雑歌下
994風吹けば 沖つ白浪 たつた山 夜半にや君が ひとりこゆらむ
かせふけは おきつしらなみ たつたやま よはにやきみか ひとりこゆらむ
読人知らず十八雑歌下
995たがみそぎ ゆふつけ鳥か 唐衣 たつたの山に をりはへて鳴く
たかみそき ゆふつけとりか からころも たつたのやまに をりはへてなく
読人知らず十八雑歌下
996忘られむ 時しのべとぞ 浜千鳥 ゆくへも知らぬ 跡をとどむる
わすられむ ときしのへとそ はまちとり ゆくへもしらぬ あとをととむる
読人知らず十八雑歌下
997神無月 時雨降りおける ならの葉の 名におふ宮の ふることぞこれ
かみなつき しくれふりおける ならのはの なにおふみやの ふることそこれ
文屋有季十八雑歌下
998あしたづの ひとりおくれて 鳴く声は 雲の上まで 聞こえつがなむ
あしたつの ひとりおくれて なくこゑは くものうへまて きこえつかなむ
大江千里十八雑歌下
999人知れず 思ふ心は 春霞 たちいでて君が 目にも見えなむ
ひとしれす おもふこころは はるかすみ たちいててきみか めにもみえなむ
藤原勝臣十八雑歌下
1000山川の 音にのみ聞く ももしきを 身をはやながら 見るよしもがな
やまかはの おとにのみきく ももしきを みをはやなから みるよしもかな
伊勢十八雑歌下
1001あふことの まれなる色に 思ひそめ 我が身は常に 天雲の 晴るる時なく 富士の嶺の もえつつとはに 思へども あふことかたし 何しかも 人をうらみむ わたつみの 沖を深めて 思ひてし 思ひは今は いたづらに なりぬべらなり ゆく水の 絶ゆる時なく かくなわに 思ひ乱れて 降る雪の けなばけぬべく 思へども えぶの身なれば なほやまず 思ひは深し あしひきの 山下水の 木隠れて たぎつ心を 誰にかも あひかたらはむ 色にいでば 人知りぬべみ 墨染めの 夕べになれば ひとりゐて あはれあはれと なげきあまり せむすべなみに 庭にいでて 立ちやすらへば 白妙の 衣の袖に 置く露の けなばけぬべく 思へども なほなげかれぬ 春霞 よそにも人に あはむと思へば
あふことの まれなるいろに おもひそめ わかみはつねに あまくもの はるるときなく ふしのねの もえつつとはに おもへとも あふことかたし なにしかも ひとをうらみむ わたつみの おきをふかめて おもひてし おもひをいまは いたつらに なりぬへらなり ゆくみつの たゆるときなく かくなわに おもひみたれて ふるゆきの けなはけぬへく おもへとも えふのみなれは なほやます おもひはふかし あしひきの やましたみつの こかくれて たきつこころを たれにかも あひかたらはむ いろにいては ひとしりぬへみ すみそめの ゆふへになれは ひとりゐて あはれあはれと なけきあまり せむすへなみに にはにいてて たちやすらへは しろたへの ころものそてに おくつゆの けなはけぬへく おもへとも なほなけかれぬ はるかすみ よそにもひとに あはむとおもへは
読人知らず十九雑体
1002ちはやぶる 神の御代より 呉竹の 世よにも絶えず 天彦の 音羽の山の 春霞 思ひ乱れて 五月雨の 空もとどろに 小夜ふけて 山郭公 鳴くごとに 誰も寝ざめて 唐錦 竜田の山の もみぢ葉を 見てのみしのぶ 神無月 時雨しぐれて 冬の夜の 庭もはだれに 降る雪の なほ消えかへり 年ごとに 時につけつつ あはれてふ ことを言ひつつ 君をのみ 千代にと祝ふ 世の人の 思ひするがの 富士の嶺の もゆる思ひも あかずして わかるる涙 藤衣 おれる心も 八千草の 言の葉ごとに すべらぎの おほせかしこみ まきまきの 中につくすと 伊勢の海の 浦のしほ貝 拾ひ集め 取れりとすれど 玉の緒の 短き心 思ひあへず なほあらたまの 年をへて 大宮にのみ 久方の 昼夜わかず つかふとて かへりみもせぬ 我が宿の しのぶ草おふる 板間あらみ ふる春雨の もりやしぬらむ
ちはやふる かみのみよより くれたけの よよにもたえす あまひこの おとはのやまの はるかすみ おもひみたれて さみたれの そらもととろに さよふけて やまほとときす なくことに たれもねさめて からにしき たつたのやまの もみちはを みてのみしのふ かみなつき しくれしくれて ふゆのよの にはもはたれに ふるゆきの なほきえかへり としことに ときにつけつつ あはれてふ ことをいひつつ きみをのみ ちよにといはふ よのひとの おもひするかの ふしのねの もゆるおもひも あかすして わかるるなみた ふちころも おれるこころも やちくさの ことのはことに すめらきの おほせかしこみ まきまきの うちにつくすと いせのうみの うらのしほかひ ひろひあつめ とれりとすれと たまのをの みしかきこころ おもひあへす なほあらたまの としをへて おほみやにのみ ひさかたの ひるよるわかす つかふとて かへりみもせぬ わかやとの しのふくさおふる いたまあらみ ふるはるさめの もりやしぬらむ
紀貫之十九雑体
1003呉竹の 世よのふること なかりせば いかほの沼の いかにして 思ふ心を のばへまし あはれむかしべ ありきてふ 人麿こそは うれしけれ 身はしもながら 言の葉を あまつ空まで 聞こえあげ 末の世までの あととなし 今もおほせの くだれるは 塵につげとや 塵の身に つもれることを とはるらむ これを思へば けだものの 雲に吠えけむ 心地して ちぢのなさけも 思ほえず ひとつ心ぞ ほこらしき かくはあれども 照る光 近きまもりの 身なりしを 誰かは秋の くる方に あざむきいでて み垣より とのへもる身の み垣もり をさをさしくも 思ほえず ここのかさねの 中にては 嵐の風も 聞かざりき 今は野山し 近ければ 春は霞に たなびかれ 夏は空蝉 鳴きくらし 秋は時雨に 袖をかし 冬は霜にぞ せめらるる かかるわびしき 身ながらに つもれる年を しるせれば いつつのむつに なりにけり これにそはれる わたくしの 老いの数さへ やよければ 身はいやしくて 年たかき ことの苦しさ 隠しつつ 長柄の橋の ながらへて 難波の浦に たつ浪の 浪のしわにや おぼほれむ さすがに命 惜しければ 越の国なる 白山の かしらは白く なりぬとも 音羽の滝の 音に聞く 老いず死なずの 薬もが 君が八千代を 若えつつ見む
くれたけの よよのふること なかりせは いかほのぬまの いかにして おもふこころを のはへまし あはれむかしへ ありきてふ ひとまろこそは うれしけれ みはしもなから ことのはを あまつそらまて きこえあけ すゑのよよまて あととなし いまもおほせの くたれるは ちりにつけとや ちりのみに つもれることを とはるらむ これをおもへは けたものの くもにほえけむ ここちして ちちのなさけも おもほえす ひとつこころそ ほこらしき かくはあれとも てるひかり ちかきまもりの みなりしを たれかはあきの くるかたに あさむきいてて みかきもり とのへもるみの みかきより をさをさしくも おもほえす ここのかさねの なかにては あらしのかせも きかさりき いまはのやまし ちかけれは はるはかすみに たなひかれ なつはうつせみ なきくらし あきはしくれに そてをかし ふゆはしもにそ せめらるる かかるわひしき みなからに つもれるとしを しるせれは いつつのむつに なりにけり これにそはれる わたくしの おいのかすさへ やよけれは みはいやしくて としたかき ことのくるしさ かくしつつ なからのはしの なからへて なにはのうらに たつなみの なみのしわにや おほほれむ さすかにいのち をしけれは こしのくになる しらやまの かしらはしろく なりぬとも おとはのたきの おとにきく おいすしなすの くすりかも きみかやちよを わかえつつみむ
壬生忠岑十九雑体
1004君が代に あふ坂山の 岩清水 こ隠れたりと 思ひけるかな
きみかよに あふさかやまの いはしみつ こかくれたりと おもひけるかな
壬生忠岑十九雑体
1005ちはやぶる 神無月とや 今朝よりは 雲りもあへず 初時雨 紅葉と共に ふるさとの 吉野の山の 山嵐も 寒く日ごとに なりゆけば 玉の緒とけて こき散らし あられ乱れて 霜こほり いや固まれる 庭の面に むらむら見ゆる 冬草の 上に降りしく 白雪の つもりつもりて あらたまの 年をあまたも すぐしつるかな
ちはやふる かみなつきとや けさよりは くもりもあへす はつしくれ もみちとともに ふるさとの よしののやまの やまあらしも さむくひことに なりゆけは たまのをとけて こきちらし あられみたれて しもこほり いやかたまれる にはのおもに むらむらみゆる ふゆくさの うへにふりしく しらゆきの つもりつもりて あらたまの としをあまたも すくしつるかな
凡河内躬恒十九雑体
1006沖つ浪 荒れのみまさる 宮の内は 年へて住みし 伊勢の海人も 舟流したる 心地して よらむ方なく かなしきに 涙の色の 紅は 我らが中の 時雨にて 秋のもみぢと 人びとは おのが散りぢり 別れなば たのむかげなく なりはてて とまるものとは 花薄 君なき庭に 群れ立ちて 空をまねかば 初雁の なきわたりつつ よそにこそ見め
おきつなみ あれのみまさる みやのうちは としへてすみし いせのあまも ふねなかしたる ここちして よらむかたなく かなしきに なみたのいろの くれなゐは われらかなかの しくれにて あきのもみちと ひとひとは おのかちりちり わかれなは たのむかけなく なりはてて とまるものとは はなすすき きみなきにはに むれたちて そらをまかねは はつかりの なきわたりつつ よそにこそみめ
伊勢十九雑体
1007うちわたす をち方人に もの申す我 そのそこに 白く咲けるは 何の花ぞも
うちわたす をちかたひとに ものまうすわれ そのそこに しろくさけるは なにのはなそも
読人知らず十九雑体
1008春されば 野辺にまづ咲く 見れどあかぬ花 まひなしに ただ名のるべき 花の名なれや
はるされは のへにまつさく みれとあかぬはな まひなしに たたなのるへき はなのななれや
読人知らず十九雑体
1009初瀬川 ふる川の辺に ふたもとある杉 年をへて またもあひ見む ふたもとある杉
はつせかは ふるかはのへに ふたもとあるすき としをへて またもあひみむ ふたもとあるすき
読人知らず十九雑体
1010君がさす 三笠の山の もみぢ葉の色 神無月 時雨の雨の 染めるなりけり
きみかさす みかさのやまの もみちはのいろ かみなつき しくれのあめの そめるなりけり
紀貫之十九雑体
1011梅の花 見にこそきつれ うぐひすの ひとくひとくと いとひしもをる
うめのはな みにこそきつれ うくひすの ひとくひとくと いとひしもをる
読人知らず十九雑体
1012山吹の 花色衣 主や誰 問へど答へず くちなしにして
やまふきの はないろころも ぬしやたれ とへとこたへす くちなしにして
素性法師十九雑体
1013いくばくの 田をつくればか 郭公 しでの田をさを 朝な朝な呼ぶ
いくはくの たをつくれはか ほとときす してのたをさを あさなあさなよふ
藤原敏行十九雑体
1014いつしかと またく心を 脛にあげて 天の河原を 今日や渡らむ
いつしかと またくこころを はきにあけて あまのかはらを けふやわたらむ
藤原兼輔十九雑体
1015むつごとも まだつきなくに 明けぬめり いづらは秋の 長してふ夜は
むつことも またつきなくに あけぬめり いつらはあきの なかしてふよは
凡河内躬恒十九雑体
1016秋の野に なまめきたてる 女郎花 あなかしかまし 花もひと時
あきののに なまめきたてる をみなへし あなかしかまし はなもひととき
僧正遍照十九雑体
1017秋くれば 野辺にたはるる 女郎花 いづれの人か つまで見るべき
あきくれは のへにたはるる をみなへし いつれのひとか つまてみるへき
読人知らず十九雑体
1018秋霧の 晴れて曇れば 女郎花 花の姿ぞ 見え隠れする
あききりの はれてくもれは をみなへし はなのすかたそ みえかくれする
読人知らず十九雑体
1019花と見て 折らむとすれば 女郎花 うたたあるさまの 名にこそありけれ
はなとみて をらむとすれは をみなへし うたたあるさまの なにこそありけれ
読人知らず十九雑体
1020秋風に ほころびぬらし 藤ばかま つづりさせてふ きりぎりす鳴く
あきかせに ほころひぬらし ふちはかま つつりさせてふ きりきりすなく
在原棟梁十九雑体
1021冬ながら 春のとなりの 近ければ 中垣よりぞ 花は散りける
ふゆなから はるのとなりの ちかけれは なかかきよりそ はなはちりける
清原深養父十九雑体
1022いそのかみ ふりにし恋の かみさびて たたるに我は いぞ寝かねつる
いそのかみ ふりにしこひの かみさひて たたるにわれは いそねかねつる
読人知らず十九雑体
1023枕より あとより恋の せめくれば せむ方なみぞ 床なかにをる
まくらより あとよりこひの せめくれは せむかたなみそ とこなかにをる
読人知らず十九雑体
1024恋しきが 方も方こそ ありと聞け たてれをれども なき心地かな
こひしきか かたもかたこそ ありときけ たてれをれとも なきここちかな
読人知らず十九雑体
1025ありぬやと こころみがてら あひ見ねば たはぶれにくき までぞ恋しき
ありぬやと こころみかてら あひみねは たはふれにくき まてそこひしき
読人知らず十九雑体
1026耳なしの 山のくちなし えてしかな 思ひの色の 下染めにせむ
みみなしの やまのくちなし えてしかな おもひのいろの したそめにせむ
読人知らず十九雑体
1027あしひきの 山田のそほづ おのれさへ 我をほしてふ うれはしきこと
あしひきの やまたのそほつ おのれさへ われをほしてふ うれはしきこと
読人知らず十九雑体
1028富士の嶺の ならぬ思ひに もえばもえ 神だにけたぬ むなし煙を
ふしのねの ならぬおもひに もえはもえ かみたにけたぬ むなしけふりを
紀乳母十九雑体
1029あひ見まく 星は数なく ありながら 人に月なみ 惑ひこそすれ
あひみまく ほしはかすなく ありなから ひとにつきなみ まよひこそすれ
紀有朋十九雑体
1030人にあはむ 月のなきには 思ひおきて 胸はしり火に 心やけをり
ひとにあはむ つきのなきには おもひおきて むねはしりひに こころやけをり
小野小町十九雑体
1031春霞 たなびく野辺の 若菜にも なりみてしかな 人もつむやと
はるかすみ たなひくのへの わかなにも なりみてしかな ひともつむやと
藤原興風十九雑体
1032思へども なほうとまれぬ 春霞 かからぬ山も あらじと思へば
おもへとも なほうとまれぬ はるかすみ かからぬやまも あらしとおもへは
読人知らず十九雑体
1033春の野の しげき草葉の 妻恋ひに 飛び立つきじの ほろろとぞ鳴く
はるののの しけきくさはの つまこひに とひたつきしの ほろろとそなく
平貞文十九雑体
1034秋の野に 妻なき鹿の 年をへて なぞ我が恋の かひよとぞ鳴く
あきののに つまなきしかの としをへて なそわかこひの かひよとそなく
紀淑人十九雑体
1035蝉の羽の 一重に薄き 夏衣 なればよりなむ ものにやはあらぬ
せみのはの ひとへにうすき なつころも なれはよりなむ ものにやはあらぬ
凡河内躬恒十九雑体
1036隠れ沼の 下よりおふる ねぬなはの ねぬなは立てじ くるないとひそ
かくれぬの したよりおふる ねぬなはの ねぬなはたてし くるないとひそ
壬生忠岑十九雑体
1037ことならば 思はずとやは 言ひはてぬ なぞ世の中の 玉だすきなる
ことならは おもはすとやは いひはてぬ なそよのなかの たまたすきなる
読人知らず十九雑体
1038思ふてふ 人の心の くまごとに 立ち隠れつつ 見るよしもがな
おもふてふ ひとのこころの くまことに たちかくれつつ みるよしもかな
読人知らず十九雑体
1039思へども 思はずとのみ 言ふなれば いなや思はじ 思ふかひなし
おもへとも おもはすとのみ いふなれは いなやおもはし おもふかひなし
読人知らず十九雑体
1040我をのみ 思ふと言はば あるべきを いでや心は おほぬさにして
われをのみ おもふといはは あるへきを いてやこころは おほぬさにして
読人知らず十九雑体
1041我を思ふ 人を思はぬ むくいにや 我が思ふ人の 我を思はぬ
われをおもふ ひとをおもはぬ むくひにや わかおもふひとの われをおもはぬ
読人知らず十九雑体
1042思ひけむ 人をぞ共に 思はまし まさしやむくい なかりけりやは
おもひけむ ひとをそともに おもはまし まさしやむくひ なかりけりやは
清原深養父十九雑体
1043いでてゆかむ 人をとどめむ よしなきに となりの方に 鼻もひぬかな
いててゆかむ ひとをととめむ よしなきに となりのかたに はなもひぬかな
読人知らず十九雑体
1044紅に 染めし心も たのまれず 人をあくには うつるてふなり
くれなゐに そめしこころも たのまれす ひとをあくには うつるてふなり
読人知らず十九雑体
1045いとはるる 我が身は春の 駒なれや 野がひがてらに 放ち捨てつつ
いとはるる わかみははるの こまなれや のかひかてらに はなちすてつる
読人知らず十九雑体
1046うぐひすの 去年の宿りの ふるすとや 我には人の つれなかるらむ
うくひすの こそのやとりの ふるすとや われにはひとの つれなかるらむ
読人知らず十九雑体
1047さかしらに 夏は人まね 笹の葉の さやぐ霜夜を 我がひとり寝る
さかしらに なつはひとまね ささのはの さやくしもよを わかひとりぬる
読人知らず十九雑体
1048あふことの 今ははつかに なりぬれば 夜深からでは 月なかりけり
あふことの いまははつかに なりぬれは よふかからては つきなかりけり
平中興十九雑体
1049もろこしの 吉野の山に こもるとも おくれむと思ふ 我ならなくに
もろこしの よしののやまに こもるとも おくれむとおもふ われならなくに
左大臣十九雑体
1050雲はれぬ 浅間の山の あさましや 人の心を 見てこそやまめ
くもはれぬ あさまのやまの あさましや ひとのこころを みてこそやまめ
平中興十九雑体
1051難波なる 長柄の橋も つくるなり 今は我が身を 何にたとへむ
なにはなる なからのはしも つくるなり いまはわかみを なににたとへむ
伊勢十九雑体
1052まめなれど 何ぞはよけく 刈るかやの 乱れてあれど あしけくもなし
まめなれと なにそはよけく かるかやの みたれてあれと あしけくもなし
読人知らず十九雑体
1053何かその 名の立つことの 惜しからむ 知りて惑ふは 我ひとりかは
なにかその なのたつことの をしからむ しりてまとふは われひとりかは
藤原興風十九雑体
1054よそながら 我が身に糸の よると言へば ただいつはりに すぐばかりなり
よそなから わかみにいとの よるといへは たたいつはりに すくはかりなり
久曽十九雑体
1055ねぎことを さのみ聞きけむ やしろこそ はてはなげきの もりとなるらめ
ねきことを さのみききけむ やしろこそ はてはなけきの もりとなるらめ
讃岐十九雑体
1056なげきこる 山とし高く なりぬれば つらづゑのみぞ まづつかれける
なけきこる やまとしたかく なりぬれは つらつゑのみそ まつつかれける
大輔十九雑体
1057なげきをば こりのみつみて あしひきの 山のかひなく なりぬべらなり
なけきをは こりのみつみて あしひきの やまのかひなく なりぬへらなり
読人知らず十九雑体
1058人恋ふる ことを重荷と になひもて あふごなきこそ わびしかりけれ
ひとこふる ことをおもにと になひもて あふこなきこそ わひしかりけれ
読人知らず十九雑体
1059宵の間に いでて入りぬる 三日月の われて物思ふ ころにもあるかな
よひのまに いてていりぬる みかつきの われてものおもふ ころにもあるかな
読人知らず十九雑体
1060そゑにとて とすればかかり かくすれば あな言ひ知らず あふさきるさに
そゑにとて とすれはかかり かくすれは あないひしらす あふさきるさに
読人知らず十九雑体
1061世の中の うきたびごとに 身を投げば 深き谷こそ 浅くなりなめ
よのなかの うきたひことに みをなけは ふかきたにこそ あさくなりなめ
読人知らず十九雑体
1062世の中は いかにくるしと 思ふらむ ここらの人に うらみらるれば
よのなかは いかにくるしと おもふらむ ここらのひとに うらみらるれは
在原元方十九雑体
1063何をして 身のいたづらに 老いぬらむ 年の思はむ ことぞやさしき
なにをして みのいたつらに おいぬらむ としのおもはむ ことそやさしき
読人知らず十九雑体
1064身は捨てつ 心をだにも はふらさじ つひにはいかが なると知るべく
みはすてつ こころをたにも はふらさし つひにはいかか なるとしるへく
藤原興風十九雑体
1065白雪の ともに我が身は 降りぬれど 心は消えぬ ものにぞありける
しらゆきの ともにわかみは ふりぬれと こころはきえぬ ものにそありける
大江千里十九雑体
1066梅の花 咲きてののちの 身なればや すきものとのみ 人の言ふらむ
うめのはな さきてののちの みなれはや すきものとのみ ひとのいふらむ
読人知らず十九雑体
1067わびしらに ましらな鳴きそ あしひきの 山のかひある 今日にやはあらぬ
わひしらに ましらななきそ あしひきの やまのかひある けふにやはあらぬ
凡河内躬恒十九雑体
1068世をいとひ 木のもとごとに 立ち寄りて うつぶし染めの 麻の衣なり
よをいとひ このもとことに たちよりて うつふしそめの あさのきぬなり
読人知らず十九雑体
1069新しき 年のはじめに かくしこそ 千歳をかねて 楽しきをつめ
あたらしき としのはしめに かくしこそ ちとせをかねて たのしきをつめ
読人知らず二十大歌所御歌
1070しもとゆふ かづらき山に 降る雪の 間なく時なく 思ほゆるかな
しもとゆふ かつらきやまに ふるゆきの まなくときなく おもほゆるかな
読人知らず二十大歌所御歌
1071近江より 朝立ちくれば うねの野に たづぞ鳴くなる 明けぬこの夜は
あふみより あさたちくれは うねののに たつそなくなる あけぬこのよは
読人知らず二十大歌所御歌
1072水くきの 岡のやかたに 妹とあれと 寝ての朝けの 霜の降りはも
みつくきの をかのやかたに いもとあれと ねてのあさけの しものふりはも
読人知らず二十大歌所御歌
1073しはつ山 うちいでて見れば 笠ゆひの 島こぎ隠る 棚なし小舟
しはつやま うちいててみれは かさゆひの しまこきかくる たななしをふね
読人知らず二十大歌所御歌
1074神がきの みむろの山の さかき葉は 神のみまへに しげりあひにけり
かみかきの みむろのやまの さかきはは かみのみまへに しけりあひにけり
読人知らず二十大歌所御歌/神遊びの歌
1075霜やたび 置けど枯れせぬ さかき葉の たち栄ゆべき 神のきねかも
しもやたひ おけとかれせぬ さかきはの たちさかゆへき かみのきねかも
読人知らず二十大歌所御歌/神遊びの歌
1076まきもくの あなしの山の 山びとと 人も見るがに 山かづらせよ
まきもくの あなしのやまの やまひとと ひともみるかに やまかつらせよ
読人知らず二十大歌所御歌/神遊びの歌
1077み山には あられ降るらし と山なる まさきのかづら 色づきにけり
みやまには あられふるらし とやまなる まさきのかつら いろつきにけり
読人知らず二十大歌所御歌/神遊びの歌
1078陸奥の 安達の真弓 我が引かば 末さへよりこ しのびしのびに
みちのくの あたちのまゆみ わかひかは すゑさへよりこ しのひしのひに
読人知らず二十大歌所御歌/神遊びの歌
1079我が門の いたゐの清水 里遠み 人しくまねば み草おひにけり
わかかとの いたゐのしみつ さととほみ ひとしくまねは みくさおひにけり
読人知らず二十大歌所御歌/神遊びの歌
1080ささのくま ひのくま川に 駒とめて しばし水かへ かげをだに見む
ささのくま ひのくまかはに こまとめて しはしみつかへ かけをたにみむ
読人知らず二十大歌所御歌/神遊びの歌
1081青柳を 片糸によりて うぐひすの ぬふてふ笠は 梅の花笠
あをやきを かたいとによりて うくひすの ぬふてふかさは うめのはなかさ
読人知らず二十大歌所御歌/神遊びの歌
1082まがねふく 吉備の中山 帯にせる 細谷川の 音のさやけさ
まかねふく きひのなかやま おひにせる ほそたにかはの おとのさやけさ
読人知らず二十大歌所御歌/神遊びの歌
1083みまさかや 久米のさら山 さらさらに 我が名は立てじ 万代までに
みまさかや くめのさらやま さらさらに わかなはたてし よろつよまてに
読人知らず二十大歌所御歌/神遊びの歌
1084美濃の国 せきの藤川 絶えずして 君につかへむ 万代までに
みののくに せきのふちかは たえすして きみにつかへむ よろつよまてに
読人知らず二十大歌所御歌/神遊びの歌
1085君が代は かぎりもあらじ 長浜の 真砂の数は 読みつくすとも
きみかよは かきりもあらし なかはまの まさこのかすは よみつくすとも
読人知らず二十大歌所御歌/神遊びの歌
1086近江のや 鏡の山を 立てたれば かねてぞ見ゆる 君が千歳は
あふみのや かかみのやまを たてたれは かねてそみゆる きみかちとせは
大友黒主二十大歌所御歌/神遊びの歌
1087阿武隈に 霧立ちくもり 明けぬとも 君をばやらじ 待てばすべなし
あふくまに きりたちくもり あけぬとも きみをはやらし まてはすへなし
読人知らず二十大歌所御歌/東歌
1088陸奥は いづくはあれど 塩釜の 浦こぐ舟の 綱手かなしも
みちのくは いつくはあれと しほかまの うらこくふねの つなてかなしも
読人知らず二十大歌所御歌/東歌
1089我が背子を みやこにやりて 塩釜の まがきの島の 松ぞ恋しき
わかせこを みやこにやりて しほかまの まかきのしまの まつそこひしき
読人知らず二十大歌所御歌/東歌
1090をぐろさき みつの小島の 人ならば みやこのつとに いざと言はましを
をくろさき みつのこしまの ひとならは みやこのつとに いさといはましを
読人知らず二十大歌所御歌/東歌
1091みさぶらひ みかさと申せ 宮城野の この下露は 雨にまされり
みさふらひ みかさとまうせ みやきのの このしたつゆは あめにまされり
読人知らず二十大歌所御歌/東歌
1092最上川 のぼればくだる 稲舟の いなにはあらず この月ばかり
もかみかは のほれはくたる いなふねの いなにはあらす このつきはかり
読人知らず二十大歌所御歌/東歌
1093君をおきて あだし心を 我がもたば 末の松山 浪も越えなむ
きみをおきて あたしこころを わかもたは すゑのまつやま なみもこえなむ
読人知らず二十大歌所御歌/東歌
1094こよろぎの 磯たちならし 磯菜つむ めざしぬらすな 沖にをれ浪
こよろきの いそたちならし いそなつむ めさしぬらすな おきにをれなみ
読人知らず二十大歌所御歌/東歌
1095つくばねの このもかのもに かげはあれど 君が御影に ますかげはなし
つくはねの このもかのもに かけはあれと きみかみかけに ますかけはなし
読人知らず二十大歌所御歌/東歌
1096つくばねの 峰のもみぢ葉 落ちつもり 知るも知らぬも なべてかなしも
つくはねの みねのもみちは おちつもり しるもしらぬも なへてかなしも
読人知らず二十大歌所御歌/東歌
1097甲斐がねを さやにも見しか けけれなく 横ほりふせる 小夜の中山
かひかねを さやにもみしか けけれなく よこほりふせる さやのなかやま
読人知らず二十大歌所御歌/東歌
1098甲斐がねを ねこし山こし 吹く風を 人にもがもや ことづてやらむ
かひかねを ねこしやまこし ふくかせを ひとにもかもや ことつてやらむ
読人知らず二十大歌所御歌/東歌
1099をふのうらに 片枝さしおほひ なる梨の なりもならずも 寝てかたらはむ
をふのうらに かたえさしおほひ なるなしの なりもならすも ねてかたらはむ
読人知らず二十大歌所御歌/東歌
1100ちはやぶる 賀茂のやしろの 姫小松 よろづ世ふとも 色はかはらじ
ちはやふる かものやしろの ひめこまつ よろつよふとも いろはかはらし
藤原敏行二十大歌所御歌/東歌

※読人(作者)についてはできる限り正確に整えておりますが、誤りもある可能性があります。ご了承ください。

※作者検索をしたいときは、藤原、源といったいわゆる氏を除いた名のみで検索することをおすすめいたします。

※濁点につきましては原文通り加えておりません。